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【更新】文スト・文アル好き必見。キリスト教日本文学35選(1/06更新)

キリスト教・聖書に影響を受けた日本文学【35選】

こんにちは、人気マンガ・アニメ・児童文学・ラノベなどから聖書を解説するWEBサイト【いつかみ聖書解説】です。ここでは

あおい
あおい

日本のキリスト教文学を知りたい!

という方に向けて日本人作家のキリスト教文学を紹介していきます。

参考

キリスト教文学を学ぶ人のために

こちらのp.185~より「名作への手引き」としてキリスト教エッセンスを読み解く事ができる作品とそのコラムが紹介されていましたので、こちらから「日本人作家」のものを中心に紹介していきます。

じい
じい

作家がキリスト教信仰を持ったことがある・棄教したと宣言した・持ち続けて生涯を終えた に関わらず、キリスト教のエッセンスを読み解くことができる作品、という感じです。

「聖書見ざる歌詠みは遺恨のこと」(『独断の栄耀―聖書見ザルハ遺恨ノコトー』)と言ったのは塚本邦雄である。これは藤原俊成が、『六百番歌合』で「源氏見ざる歌詠みは遺恨の事也」と言ったのを「聖書」にもじったものである。たとえば、いかに耶蘇嫌いであった夏目漱石にしろ、最後までキリスト者にならなかった芥川龍之介や太宰治にしろ、「聖書」を介在させないではその文学作品は真に読みとくことはできない。

(引用:「キリスト教文学を学ぶ人のために」はじめにp.ⅰ)

▽こちらの動画では近代日本とキリスト教の受容史が体系的に解説されており、面白かったです。日本の近代文学史が学べる感じになっています。

▼こういうのもあります

代表的キリスト教/聖書ファンタジー小説13選(図書館レファレンス参考)





※「キリスト教文学を学ぶ人のために」では、年代の古い順に紹介されていましたが、ここでは「作家名五十音順」で紹介しています。(1864~1998年の作品)

目次

ア行の日本作家のキリスト教文学

あおい
あおい

芥川龍之介『奉教人の死』
有島武郎『或る女』
石川淳『焼跡のイエス』
井上良雄『芥川龍之介と志賀直哉』
遠藤周作『沈黙』
大江健三郎『新しい人よ眼ざめよ』
大岡昇平『野火』
小川国夫『或る聖書』

を紹介していくよ

芥川龍之介『奉教人の死』(1918.9『三田文学』)


奉教人の死

芥川龍之介(1892-1927)のキリシタン物といわれる作品は一五編あまり、芥川全作中のほぼ一割にあたる。創作の時期も初期の「煙草と悪魔」(一九一六)から晩年の「誘惑ー或シナリオ―」(一九二七)にいたるまで作家活動の全体にわたる。

▼「芥川 奉教人の死」にまつわるツイート

(一定期間ツイートがないと表示されません)

芥川が真に描いたのは「娘の懺悔によってもたらされた〈ろおれんぞ〉の無償の愛への感動、特に、女であることを知って更に深まることになった感動の瞬間である。……これを宗教的感動と呼ばないなら、一体なんと言うべき」か(笠井秋生)とする説がある。なお「奉教人の死」の典拠は「聖マリナ」である。〔國松泰平〕

(「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集p.217)

有島武郎『或る女』(前編:1919.3/後編:1919.6)


或る女 1(前編)

有島武郎(1978~1923)の代表作で、前編は『或る女のグリンプス」として雑誌『白樺』に連載された。のち1919年3月に補筆改稿して『有島武郎著作集』第八 『或女』前編として刊行。後編は書下ろし作品で、著作集第9 『或女』後編として六月に刊行。

(引用:「キリスト教文学を学ぶ人のために」p.218)

▼「有島 或る女」にまつわるツイート

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この愛の可能性を求めて止まぬ虚無認識は、『或る女』の葉子の(中略)内面の苦悩と等質のものであることを知ることができる。日記執筆の時点では、その愛は、キリストとの出会いによって成就するというのが有島の結論であるが、教会退会をした有島にとってそれは、永遠の課題だったのである。

(中略)

 …有島は姦淫の女のエピソードに託して、ひそかにキリストによる愛の成就を希求していたことになる。そのキリストが、有島独自のものであったとしても、このところに『或る女』をキリスト教との関わりにおいて読むということのひとつの可能性を見ることができるのである。〔宮野光男〕

(「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集p.219)

石川淳『焼跡のイエス』(1946.10『新潮』)


焼跡のイエス 善財 (講談社文芸文庫)

1946年(昭和21)10月号の『新潮』に発表され、のち小説集『かよひ小町』(中央公論社、1947)に所収された。冒頭部分に「炎天の下、むせかえる土ほこりの中に、雑草のはびこるように一かたまり、葭簀がこいをひしとならべた店」とあるように、この小説は敗戦後の1945年(昭和21)7月晦日の一日に集中して書かれてある。

(引用:「キリスト教文学を学ぶ人のために」p.234)

▼「石川淳 焼跡のイエス」にまつわるツイート

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敗戦後の日本を担う世代である少年に「イエス」を見、さらに「クリスト」を見、さらに「イエス・クリスト」に見立てた石川淳(1899~1987)は、究極、それらをも相対化して「けものの足跡」として未知なるものに託したのである。石川淳が、「いま」を書く作家でなく、まさに「あす」を書く作家であると言われる所以である。〔安森敏隆〕

(「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集p.235)

井上良雄『芥川龍之介と志賀直哉』(1932.4『磁場』)

同人誌で書籍収録もないようで、Google検索ページに飛びます。

「井上良雄」のGoogle検索

この熱気に満ちた批評は、『磁場』というリトル・マガジンに発表された。しかも、井上良雄(1907~)の本格的論考はわずか六篇で、旺盛な活動期間は四年足らずにすぎない。にもかかわらず、平野謙は、井上は文学史的には無名だが、『檸檬』一巻で梶井基次郎が刻印されるように、その業績も文学史に記すに値すると力説している。理由は「井上の論文はいわゆる作家論や文学史的叙述ではなかった。われらいかに生くべきか、と想いをこらした満州事変勃発前後におけるインテリゲンツィア一般の危機意識の血路打開が、そこに賭けられていた」(『昭和文学史』)と述べている。

(引用:「キリスト教文学を学ぶ人のために」p.228)

▼「井上良雄」にまつわるツイート

(一定期間ツイートがないと表示されません)

※こちらのTwitter検索に出る「井上良雄」には舞台俳優「井上芳雄」氏についてのつぶやきがまじっている様子もありますが、「井上芳雄」氏は『聴くドラマ聖書』でイエスの声を担当されており、ご自身もクリスチャンとのことです。よければ『聴くドラマ聖書』どうぞです。

この「いかに生くべきから」は、もちろん、芥川の自死をどのように超えるか、という井上自身の切実な課題でもあった。…冒頭で、まず、芥川の自殺は「知性の無力」の証明であり、「その死によつて断念した解決を、われわれは如何にしても生の中に求めねばならない」と問題提起をする。井上はその超克の指針を志賀直哉に託す。(そしして志賀の中に「近代プロレタリアート」の典型を見出す。)〔田中俊廣〕

(参考:「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集p.228)

遠藤周作『沈黙』(1966.3)


沈黙 (新潮文庫)

『沈黙』は江戸時代のキリシタンの歴史に取材した歴史小説で、第二回谷崎潤一郎賞を受賞した遠藤周作(1923~96)の代表作である。

(引用:「キリスト教文学を学ぶ人のために」p.272)

▼「遠藤周作 沈黙」にまつわるツイート

(一定期間ツイートがないと表示されません)

 作者はこの作品の主題について、「『沈黙』という小説は、そこにさまざまな主題が含まれているために、いろいろな批評家から、さまざまな解説や分析を受けたけれども、私にとって、一番大切なことは、外人である主人公が、心に抱いていたキリストの顔の変化である」(「異邦人の苦悩」)と語っている。(中略)

 作者はこの小説において、自らのキリスト像がそれまでの父性的なキリスト像から人間の苦しみや悲しみを共にする母性的なキリスト像に転換したことをロドリゴに託して語ったのである。

(「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集p.272)

大江健三郎『新しい人よ眼ざめよ』(1983.6)


新しい人よ眼ざめよ (講談社文芸文庫)

大江(1935~)は学生時代から小説を書き続け、早くから注目を受けてきた。初期の彼の作品では、監禁された孤独な状況がよく描かれ、そこから社会や政治への関わりを、豊かな想像力を支えに展開する独創的なものであった。ところが大江自身の言葉によれば、「青春のしめくくりの時期」、すなわち1963年6月13日に、頭部に障害を持つ長男光が誕生し、その息子との共生が以後の彼の作家活動の中心に据えられていくことになる。

(引用:「キリスト教文学を学ぶ人のために」p.288)

▼「新しい人よ眼ざめよ」にまつわるツイート

(一定期間ツイートがないと表示されません)

 つまり個人の想像力と、それを超えて立ち現れる現実や運命の苛酷さ、その全体のを自己に即して誠実に描き続ける営みが、『個人的な体験』以後の仕事であったと言える。それは必然的に自己否定的な営みになるば、同時に否定の重さに応じる他者からの恩寵にも似た癒しの予感と可能性にも満ちている。

(中略)

 彼の言う定義の営みとは、自己の傷みに記される他者からの恩寵の痕跡とそこからの再生を記述することでもあった、これはほとんど信仰に近い営みでもあると言える。〔奥野政元〕

(「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集pp.288-289)

大岡昇平『野火』(1952.2)


野火(のび) (新潮文庫)

大岡昇平(1908~88)は、戦争末期の1944年6月に召集を受け、35歳の中年兵としてフィリピンに送られたが、山野を敗走中、米軍の俘虜となって、翌年12月に帰国する。その体験を「俘虜記」といsて書きだすのが1946年4月であり、7月にはやがて「野火」に発展していく「『狂人日記』ノート」が書かれはじめる。そして晩年の『レイテ戦記』に至るまで、大岡はこのフィリピンでの体験と意味とを問い続けていくのである

(引用:「キリスト教文学を学ぶ人のために」p.248)

▼「大岡 野火」にまつわるツイート

(一定期間ツイートがないと表示されません)

…あたかも、意識の内に取り込みえる神はすべて虚偽であるということであり、逆にいえば狂人になるか幼子になる以外に、神を受け入れるのは不可能だとする倨傲な精神の姿勢である。しかし同時に、狂人の頭に宿る神の恩寵のリアリティも、大岡は痛切に認知しているはずである。

(「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集p.249)

小川国夫『或る聖書』(1973.7)


或る聖書 (1977年) (新潮文庫)

小川国夫(1927)には、『或る聖書』の前後に、『試みの岸』(河出書房新社、1972.6)と短編集『彼の故郷』(講談社、1974.6)がある。すなわち、この作品は、小川文学のもっとも充実した時期に纏められたものである。

(引用:「キリスト教文学を学ぶ人のために」p.278)

▼「小川国夫 或る聖書」にまつわるツイート

(一定期間ツイートがないと表示されません)

小川自身が「キリストを描いたというよりも、キリストをモデルにして書いた」と言うように、確かに「新約聖書」おが踏まえられてはいるが、新たな呼称や周辺的人物が創造され、明らかに自立した作品となっている。

(中略)

小川は「〈殺すなかれ〉〈殺すものは殺されるべし〉〈たとえ殺されても〉の連鎖を断ち切るための示唆」をこの作に込めようとしたと言う。21世紀の初頭の世界に大きなメッセージが確と孕まされている。〔宮坂覺〕

(「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集p.278-279)

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