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【更新】文スト・文アル好き必見。キリスト教日本文学35選(1/06更新)

キリスト教・聖書に影響を受けた日本文学【35選】

目次

ハ行の日本作家のキリスト教文学

香穂子
香穂子

阪田寛夫『背教』
平野啓一郎『日蝕』
堀辰雄『風立ちぬ』
福永武彦『草の花』

を紹介していくわね。

阪田寛夫『背教』(1976・4)


背教 (1976年)

阪田寛夫(1925~)は宮川経輝の牧する南大阪基督教会の熱心な信徒であった両親の影響を受け、中学二年のおりに洗礼をうけたが、彼の内面に芽生えた、自他に対する日本の精神風土にあって潜在的に行われてきた国家主義的な傾向への傾斜に対する批判は、キリスト教会からの離脱という歩みをなさしめた。そのことを表現したのが「背教」であり、「冬の旅」である。

(引用:「キリスト教文学を学ぶ人のために」p.282)

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…母の死後、〈「私はもう神を否定するようなことを喋ったり書いたりしません」〉(「土の器」)といい、〈キリスト教に関する、このような不熱心で受け身一方にすぎない状況さえ、いまだにどなたかにつづけさせてもらっている〉(「自分の文学的状況」)というところに、阪田の、教会離脱を経てなおキリストの福音に生命の根元を見出そうとする魂への同情と共感とを垣間見ることができるのである。〔宮野光男〕

(「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集p.283)

平野啓一郎『日蝕』(1998・10)


日蝕・一月物語 (新潮文庫)

『日蝕』(にっしょく)は、平野啓一郎による中編小説。『新潮』(新潮社)1998年8月号で発表され、同年10月に単行本が発行された。当時23歳の学生だった平野のデビュー作であり、翌年2月に第120回芥川賞を当時最年少で受賞している。15世紀フランスを舞台に神学僧の神秘体験を描く内容で、森鷗外を意識したその擬古的な文体や衒学性、「三島由紀夫の再来」と言われた評価をめぐって賛否両論を起こした。

(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』日蝕(小説)頁2021/01/15/ 日本時間14:37時点)

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1482年のフランス南部、神学僧であったニコラはトマス主義に傾倒してキリスト教と異教の古代哲学の融合を志し、『ヘルメス選集』の完本を求めてパリからリヨンへと赴く。ニコラはリヨンで目的を達成することができず、司教からフィレンツェへ行くように勧められるが、その際に、ヴィエンヌの教区にある村落で研究を続けている錬金術師に相談を持ちかけるよう助言される。
村落に到着したニコラは村の司祭ユスタスから、錬金術師ピエェル・デュファイの居場所を教えられる。酒場を兼ねた宿屋に宿泊することとなったニコラは、村全体が幾何学模様を描くように作られていることに興味を示すが、その際にピエェルらしき人物を目撃する。…

((出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』日蝕(小説)頁2021/01/15/ 日本時間14:39時点)

堀辰雄『風立ちぬ』(1938・4)


風立ちぬ

風立ちぬ』(かぜたちぬ)は、堀辰雄の中編小説。作者本人の実体験をもとに執筆された堀の代表的作品で、名作とも呼ばれている。「序曲」「春」「風立ちぬ」「冬」「死のかげの谷」の5章から成る。

美しい自然に囲まれた高原の風景の中で、重い病に冒されている婚約者に付き添う「私」が、やがて来る愛する者の死を覚悟し、それを見つめながら2人の限られた日々を「生」を強く意識して共に生きる物語。死者の目を通じて、より一層美しく映える景色を背景に、死と生の意味を問いながら、時間を超越した生と幸福感が確立してゆく過程を描いた作品である。

(引用:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』風立ちぬ(小説)頁)

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かつて、佐古純一郎は、芥川龍之介の枕頭の聖書を昭和文学の起点とし、芥川ー太宰治ー椎名鱗三の系譜にプロテスタントの文学の流れを、芥川ー堀辰雄―遠藤周作にカトリック文学の流れを指摘したことがある。確かに堀(1904~53)が、師芥川の遺産を継承したことは事実である。その実像とは、その〈死〉を乗り越え〈生〉を生き抜くことであった。

 「風立ちぬ」は、まさに、〈死〉という「行き止まり」と面峙しながら、Le vent se lève, il faut tenter de vivre(風立ちぬ、いざ生きめやも)に収斂される。〔宮坂 覺〕

(「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集p.230)

福永武彦『草の花』(1954・4)


草の花 (新潮文庫)

研ぎ澄まされた理知ゆえに、青春の途上でめぐりあった藤木忍との純粋な愛に破れ、藤木の妹千枝子との恋にも挫折した汐見茂思。彼は、そのはかなく崩れ易い青春の墓標を、二冊のノートに記したまま、純白の雪が地上をおおった冬の日に、自殺行為にも似た手術を受けて、帰らぬ人となった。まだ熟れきらぬ孤独な魂の愛と死を、透明な時間の中に昇華させた、青春の鎮魂歌である。

(引用:「死に向かってひたすらに疾走する恋」恋愛小説の隠れた名作。ノンフィクション作家・早瀬圭一さん推薦! 新潮社)

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「人はみな草のごとく、その栄光はみな草の花の如し。」(ペテロ前書、1章24節)というエピグラフが、まずこの作品の世界を予兆する。人間の存在意義について、根本的な問いが立てられる。…
汐見の悲劇は、一つには神への愛と男女の愛との次元の交錯の悲劇である。そしてもう一つには、自己の尊厳を保つことと、自己が卑小であることの自覚とジレンマによるものである。…ここに福永武彦(1918~79)の目指した一つの焦点がある。主題を直観に示すのではなく、「私」の語りと汐見の手記により多層的に示すこの作品は、その形式においても、使徒の語るキリストという聖書のあり方を連想させるのである。〔真銅正宏〕

(「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集p.254~255)

マ行の日本作家のキリスト教文学

あかね
あかね

まど みちお『ぞうさん』
三浦綾子『氷点』
三田誠広『地に火を放つ者』
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』

を紹介してくわよ。

まど みちお『ぞうさん』(1952・6)


つたえたい美しい日本の詩(こころ)シリーズ まど・みちお詩集 ぞうさん (講談社の創作絵本)

まど・みちおは、明治四十二年(一九〇九年)、山口・徳山に生まれた。小学校四年のとき台湾に渡り、太平洋戦争に召集される三十三歳までを過ごす。(中略)

八十四歳のとき、代表作「ぞうさん」(昭和二十六年発表)について、こう語っている。

〈鼻の長くない者から、ひとり鼻の長い子象が『お前は鼻が長いね』と言われれば、子象は『自分だけが不格好なのかな』と思い悩むのが普通です。けれど、子象はまるで褒められたかのように喜んで、『かあさんも長い』と嬉しそうに言う。それは象が象として生かされているのを喜んでいるからです〉(「文藝春秋」平成六年三月号)

(引用:『童謡「ぞうさん」に込められた、まど・みちおの想い』本の話

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…その根底に「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よそれは極めて良かった。」(『旧約聖書』「創世記第一章)というメッセージを読み取り、まどのクリスチャンとしての信仰を確認することは不可能ではない。まどは…1931年、22歳の時に友人高原勝巳の強い影響もあって、台湾ホーリネス教会で受洗している。〔中野新治〕

(「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集p.251)

三浦綾子『氷点』(1965・11)


小学館電子全集 特別限定無料版 『三浦綾子 電子全集 氷点』

氷点』(ひょうてん)は、クリスチャン作家三浦綾子の小説。『朝日新聞』朝刊に1964年12月9日から1965年11月14日まで連載され、1965年に朝日新聞社より刊行された。また、続編となる『続氷点』が1970年5月12日から1971年5月10日まで連載され、1971年に朝日新聞社より刊行された。

連載終了直後の1966年にテレビドラマ化および映画化され、以降繰り返し映像化されている。

(出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』氷点頁

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▼三浦綾子作品はこちらでも

塩狩峠、実話、自己犠牲、永野、三浦綾子第11話「マンガ塩狩峠」自己犠牲は本当にクリスチャンの美徳?椎名林檎も愛した文学

この作者の言葉に従えば、『氷点』はキリスト教が説く「原罪」を主題としており、陽子はすべての人間にある「原罪」が自分にもあることに気づいたので自殺を図ったということになろう。〔笠井秋生〕

(「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集p.271)

三田誠広『地に火を放つ者』(1992・8)


地に火を放つ者―双児のトマスによる第五の福音

現代(いま)からおよそ2000年前、孤独なユダヤ娘から産み落された不具の父なし子で超常者の青年が、自らの意志で十字架にかかり処刑された。―その青年の名はイエス・キリスト。キリストの劇的な生涯を個性的に描き切る本格長篇小説。

(引用:(「BOOK」データベースより)

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宗教小説の第二弾です。これはイエス・キリストを描いた作品ですが、「現代のキリスト」というコンセプトではなく、二千年前のイエスそのものを描いています。/そのため基本的には福音書どおりに物語は進行するのですが、語り手として、十二使徒の一人、双児のトマスを設定しているところから、近代小説的なリアリズムで書かれています。

(引用:三田誠広ホームページより)

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』(1931)


銀河鉄道の夜

『銀河鉄道の夜』(ぎんがてつどうのよる)は、宮沢賢治の童話作品。孤独な少年ジョバンニが、友人カムパネルラと銀河鉄道の旅をする物語で、宮沢賢治童話の代表作のひとつとされている。

作者の死により未定稿のまま遺されたこと、多くの造語が使われていることなどもあって、研究家の間でも様々な解釈が行われている。この作品から生まれた派生作品は数多く、これまで数度にわたり映画化やアニメーション化、演劇化された他、プラネタリウム番組が作られている。

(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』銀河鉄道の夜頁)

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物語が賢治の妹トシの死後のゆくえを尋ねようとするモチーフから書き始められたことは明らかだが、それは「世界がぜんたい幸福にならないうつは個人の幸福はありえない/自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に変化する//正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである」(「農民芸術概論綱要」)という実践思想とも呼応する理想主義的な内容に発展していった。しかし、その熱気の高さゆえに、「雨ニモマケズ」を書いた最晩年の心境と相容れず未発表に終わったと考えることもできる。また、篤い法華経信者であった賢治が、物語をキリスト教の枠組みを使って書いていることは注目に値する。〔中野新治〕

(「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集p.227)

ヤ行の日本作家のキリスト教文学

じい
じい

湯浅半月『十二の石塚』
吉本隆明『マチウ書試論』
与謝野晶子『みだれ髪』

を紹介していきますぞ。

湯浅半月『十二の石塚』(1885・10)


十二の石塚

『十二の石塚』は、日本文学史上、最初の近代詩の個人詩集として著名な作品であるが、キリスト教文学としても高い評価を受けてよい作品である。

(引用:「キリスト教文学を学ぶ人のために」p.192

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舞台は、今から3000年あまり前の、ヨルダン川西岸、ヤコブの子孫ベニヤ民の一族が多く住んでいた一体である。主な登場人物は、18歳の若者エ歩でとその母、および東方から攻め込んできたモアブ族の王エグロンの三人である。
…作者湯浅半月(本名、吉郎)は、1858年現在の群馬県安中市に生まれ、新島襄の感化を受け、1877年から約8年間、同志社に学んだ。その間、山崎為徳などから英文学、とりわけミルトンを学び、池袋清風などから日本文学、とりわけ和歌を学んだ。〔兒玉實英〕

(「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集p.192~193)

吉本隆明『マチウ書試論』(1954・6『現代評論』)


奉教人の死

戦後最大の思想家、吉本隆明の初期論考を集めたアンソロジーである。中でも重要とされるのは『マチウ書試論』。吉本の仕事を5つあげろといわれたら、多くの人が推すだろう作品だ。

本書に収録された評論を制作しているとき、吉本は組合闘争に身を投じていた。要するに左翼運動であって、その中にあって共産党の影響力はたいへん大きなものだったといわれている。それゆえ、この時期の吉本の作品には、共産党批判が色濃く織り込まれている、とされる。

(引用:救世主イエスが造られた暗黒面──吉本隆明が評論「マタイ伝」の正体ー講談社BOOK倶楽部

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「マチウ書」という聞きなれる名は「マタイ伝」(マタイによる福音書)のフランス読みに由来する。…吉本によれば、キリスト・イエスは実在せず、その言動の記述は作者マチウが旧約聖書から恣意的に引用再造型したものである。…吉本は当時、勝利する見込みのない組合闘争の最前線にいた。そこで繰り広げられる権力の獲得をめぐる行為と真理のドラマが原始キリスト教対ユダヤ教、イエス対パリサイ派の闘争と重ねて読み取られたのである。〔中野新治〕

(「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集p.256~257)

与謝野晶子『みだれ髪』(1901・8)


みだれ髪 (角川文庫)

みだれ髪』(みだれがみ)は、日本の歌人・与謝野晶子作の処女歌集である。1901年(明治34年)8月15日、東京新詩社と伊藤文友館の共版として発表。表紙装丁デザインは藤島武二。女性の恋愛感情を素直に詠んだ斬新な作風は当時賛否両論を巻き起こした。

(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ーみだれ髪頁

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歌集中、いまひとつ目につくことは歌語「神」と「罪」の多用である。

 紫にもうみうらにほふみだれ筐をかくしづらふ宵の春の神

「春の神」、「秋の神」、「夜の神」、いずれも辰星を司る神であって、「自然」とほぼ同義である。〔上田博〕

(「キリスト教文学を学ぶ人のために」安森 敏隆 (編集), 杉野 徹 (編集), 吉海 直人 (編集p.201)
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