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【更新】名探偵コナン祭り開催中(6/13更新)

キリスト教と「名探偵コナン」に関するコンテンツまとめ

(書きかけだけど8割できたので公開します。2022年6月現在、【名探偵コナン】にまつわるコラムを鋭意制作中。パスワードかかっているコラムは準備出来次第公開されるのでお待ちください。公開はTwitterでお知らせするので、気になる方はフォローしてくださるといいのかなと思います。)

【名探偵コナン】とキリスト教ーと言うのは簡単だが、「じゃあ『キリスト教』ってなんなんだ」と言うと、場所によっては四方から殲滅されんがごとく定義を詰められる単語である、と認識している。

ちなみに、学会の発表などでは『聖書』という単語も、使った途端に四方から矢を打たれるように定義を詰められるらしい

えーと、このコラムは、【名探偵コナン】というコンテンツに見えるもので、「(筆者の思う)日本の精神」的なモノと相対的に「これってキリスト教の伝統と親和性高いっぽいな」みたいな話をみつけたもの、

「文化に混淆したキリスト教」を紹介したり(日本においてはキリスト教精神というものから生まれた文化を大いに輸入した歴史を持つことはご周知のとおりであろうが)、現代日本の【名探偵コナン】というコンテンツにおいてかえって『キリスト教』的な精神を再発見したりした話などを羅列しページであるーー(オタク特有の早口)

せっかく描いたのでイラストを掲載する

サムネイル用。アニメの絵柄に寄せつつ、結局は自分の絵柄として描いたため、この絵柄や着色方法が嫌いな方は申し訳ない。

「イラスト」段落を飛ばして読む

諸伏景光(トレス)
赤井秀一(塗りが甘い)

青山剛昌先生のキャラクターデザインの良さを再確認できてよい時間でした。

【名探偵コナン】出演歴があり、キリスト教徒を公言している声優さん

古川登志夫 さん(山村ミサオ役)

大原さやか さん(白鳥沙羅役)

参考

→白井ゆり(大原さやか氏のアニメ作品デビューらしい)

【名探偵コナン】白鳥沙羅の声優や名シーンを紹介!性格や登場回まで徹底解説(コミックキャラバン)

大原 さやか(俳協)

川上とも子 さん()

https://conan.aga-search.com/anime/2007/475.php

現状、キリスト教の信仰を公言されている声優さんはカトリックの方が多いイメージ。プロテスタントの方もいるが、その方は【名探偵コナン】出演歴もなかったし、公言もしてらっしゃらないので触れないでおく。

劇場場名探偵コナン「戦慄の楽譜(フルスコア)」で演奏されたキリスト教音楽たち

↑こちらのウェブサイトで紹介されていたクラッシック音楽のほとんどがキリスト教に関係が深いものだったので、極夜作曲家の宗教的な背景を補足した記事を制作中である。

【名探偵コナン】戦慄の楽譜フルスコアが宗教音楽揃いなのでリサーチした【名探偵コナン】戦慄の楽譜フルスコアが宗教音楽揃いなのでリサーチした


「緋色シリーズ」は雅歌(旧約聖書のアダルトポエム)由来?~ただしシャーロック・ホームズを挟む~

【名探偵コナン】作中で、〈赤井秀一〉が主だって活躍する物語群には「緋色の〇〇」とつけられるが、この「緋色の~」というのはシャーロック・ホームズシリーズの「緋色の研究(緋色の習作/緋のエチュード/A Study in scarlet)」というお話のタイトルもオマージュ元のひとつ(と十分考えられるの)である。

で、シャーロキアン曰く、この「緋色の研究(緋色の習作/緋のエチュード/A Study in scarlet)」の『緋色』は聖書の『雅歌』から来ている、とのこと。

▽そのへん詳細をまとめた

赤井秀一/諸伏景光ファンに捧ぐ~「緋色(ヒイロ)」の元々ネタ『雅歌』はR30指定聖書ポエム~同人誌をアツくする聖書入門~

ガチのユダヤ学者が語る名探偵コナンの世界観と「第二イザヤ」という存在の共通点

こちらの動画は、キリスト教系Vtuber『羊たちの夕べ』のある動画である。基本的には毎週金曜日19:00~より「忙しい人のための聖書入門」というコンセプトで、聖書の各書簡についての解説配信を行っている。

ライブのスケジュールについては2022年5月時点での情報である。また、「忙しい人のための」と銘打ってはいるが『初心者のための』ではないところは注意されたし。

毎回タイトルが、何かしらのインターネットミームをオマージュして考えられている。この回は【名探偵コナン】が言及されていたのでここで紹介してみた。

この動画では(香蓮さんの)ユダヤ学の研究方法と【名探偵コナン】における推理の方法の共通点について触れられている箇所があった、という感じものなので、これによって【名探偵コナン】というコンテンツの造詣を深められる!とは言い難いが、もし既存の二次創作で満足できないような方は或いは観てもいいかもしれない。

とはいっても、この回でメインの講師を勤めている「棚葉香蓮(たなはかれん)」さんは『羊たちの夕べ』の中でも一番ガチ研究者なので、聖書及びユダヤ教やキリスト教の基礎的な知識がない人が楽しめるコンテンツではないとは思う…。

~ざっくり文字おこし~

9分あたり

棚葉香蓮
棚葉香蓮

別に「第二イザヤ」ってのがいるわけじゃないんですよ。いないんだけど、「いるんじゃないのか」ってみんなが思っている人なんですよね。

棚葉香蓮
棚葉香蓮

ぼくはだからこれを見た時、【名探偵コナン】…

だいたい密室殺人で…

五旬節子
五旬節子

(笑)

足袋田クミ
足袋田クミ

(笑)

棚葉香蓮
棚葉香蓮

そこに誰もいないんだけど誰かいたはず、みたいな話でしょ?
外からも入れないし、また、内からも逃げれないし、みたいなね。

棚葉香蓮
棚葉香蓮

「この人はどうしてたおれてるんだろう」みたいな話を推理していくときに、少年は大人たちの…

目暮警部?とかがわかったようなことをおっしゃるけど、あの少年は横でつぶやくんでしょ?だから、第二イザヤの著者問題」ってみんな言うけど、「それって大事なことなの?」っていう風に、そういうつぶやきを、横にいる少年が言ってるような気がしたんで…

足袋田クミ
足袋田クミ

「あっれれ~ おっかしいぞ~」ってやつですね。

五旬節子
五旬節子

どっちかっていうと「大事なこと気づく」イメージですけど

棚葉香蓮
棚葉香蓮

そう?なるほど…じゃあせっちゃんモノマネ適当にかましちゃって

五旬節子
五旬節子

wwwwwwwwwwwwwwwww

棚葉香蓮
棚葉香蓮

お姉さんも出てくるでしょ?

五旬節子
五旬節子

ああ、ツノが生えてる人ですね

足袋田クミ
足袋田クミ

wwwwツノじゃないwwwww

五旬節子
五旬節子

なんで(名探偵)コナン馬鹿にされてる方向に話されてるのか

足袋田クミ
足袋田クミ

毛利蘭のことですね

棚葉香蓮
棚葉香蓮

あの人でも強い人ですよね。

~しばし談笑~

棚葉香蓮
棚葉香蓮

いないのかいるのかわかんないけど、みんなが「いたはずだ」って思ってる第二イザヤ。

結局これ、推理・推測なんだよね。

ぼくは、だから推理・推測にすぐ一緒に『じゃあ考えよう』みたいに食い込んじゃうとさ、みんな妄想プールみたいなところで泳いでるしかないんだよね、出てこれないんだよね。

だから、周りをうろうろするほうがいいな、っていうのが香蓮のタクティックです。

~41分あたり~

棚葉香蓮
棚葉香蓮

コナンの話をしたのはさ…コナンの推理ってのは「真実はひとつ!」とか言わなかったけ?

五旬節子
五旬節子

はい、「真実はいつもひとつ」

棚葉香蓮
棚葉香蓮

それですよ、それ

足袋田クミ
足袋田クミ

「それが近代的だ」と?

棚葉香蓮
棚葉香蓮

「それが近代的」っていうか、それが、いわゆる「推理」を用いる理由じゃないですか。

五旬節子
五旬節子

まあ「たったひとつの真実を見抜く」ために…

棚葉香蓮
棚葉香蓮

だから、まあそういう意味で、自分の心をなぐさめて落ち着かせるための注解とは違って、「聖書学」っていう形で、例えば『資料説』なんかもそうなんだけどね?

ノリとしては、歴史の「真実はひとつ」みたいな感じで迫っていった結果だけどね。

棚葉香蓮
棚葉香蓮

だけど、そう言うのってすごく…推論だよね。だけど…(名探偵)コナンの場合は大体、犯人が出てきて、自白するみたいな感じでしょ?

足袋田クミ
足袋田クミ

まあ最終的には

棚葉香蓮
棚葉香蓮

だから、そういうパースペクティブを重ねてね…聖書も、『聖書学』って言ったらヘンだけど、『原典カルト』っていう名前がいいか悪いかは知らないけど、少なくとも「原典を考えよう」っていうアプローチになってくると、まさに「時間・空間の中の事実はひとつ」みたいなアプローチは避けて通れないよね。

…続きは動画で!

「シャーロック・ホームズ」シリーズ作者:アーサー・コナン・ドイルの宗教観

たくみ
たくみ

カトリック嫌いプロテスタント一派共感の心霊主義、フロンティア精神がある奴は大体友達、無神論者は理解できねぇ

【シャーロック・ホームズ】シリーズの作者アーサー・コナン・ドイルも、自身の幼少期から取り巻いていたカトリックによる文化に批判的であったし、一般的には「心霊主義」で知られている。しかし、その作品群からはプロテスタントの一派に心を寄せていた時代があったことが読み解けるようだ。

コナン・ドイル(以下,ドイルと略記)は1859 年5 月22 日にスコットランドのエジンバラで,アイルランド系の家に生まれ,同地のBroughton にあるSt. Mary’s Cathedral でカトリックの幼時洗礼を受けて1,Ignatius の洗礼名を持った。ランカシャーにあるホダー校Hodder reparatory School に進むが,同校はイエズス会系の寄宿学校であった。さらにストニーハースト・カレッジStonyhurstCollege,最終学年にはオーストリアのフェルトキルヒにあるイエズス会系の学校Stella Matutina に留学した。つまり一貫してカトリックの環境の中で成長した。しかし,ストニーハースト・カレッジの教育については批判的で,ひいてはカトリックに反旗を翻すこととなる。同校の教育が厳格なことが,ドイルにとっては一番受け入れられない点だった。

(引用:ホームズ物語言及作曲家に見るドイルの宗教観  中西裕 )

こうしてみると,『緋色の研究』執筆の頃,すなわちホームズ物語で,「コロンビア万歳」や「星条旗」をちらりと見せていた頃からドイルがルター派,中でもフランスの「ユグノー教徒びいき」であった一端がうかがえるのである。

(同上)

しかし、シャーロック・ホームズ・シリーズの第1作『緋色の研究』では「太陽の下、新しいことは何一つない」(コヘレト1:9)、『バスカヴィル家の犬』では「その日の苦労は、その日だけで十分である」(マタイ6:34)など、ホームズや登場人物はたびたび聖句を引用します。また『背中の曲がった男』では、サムエル記下11章のダビデのスキャンダルが怪死の真相を解く鍵になっています。

(引用:文学に表れたキリスト教-コナン・ドイルの場合 田中喜芳(客員研究員)

〈江戸川コナン/工藤新一〉というキャラクターが、シャーロック・ホームズのどのへんを受け継いでいて、どのへんを受け継いでないのか、じゃあそれに『キリスト教』的なー

ーと言っていいのか、まあ『神』あるいは『何やら大いなる存在』くらいにまで抽象化しても、このウェブサイトにおいては大いにかまわないだろうと思うのでそれらも含めてあえて『キリスト教的な』と表現するがー

ーものが入る余地がどれくらいあるのか、というのはこれまた考察の余地がある話なので、別件にまわしたいと思う。ちなみに筆者的は、シャーロック・ホームズにはなくて【名探偵コナン】にはある「とある部分」に、大いにキリスト教的な価値観を感じている。

コナン・ドイルもまた、混合し・変化し・分離し・分割する人間の営みま只中で生きた人であり、現代日本を生きるキリスト教徒である私たちは、西洋のキリスト教文化をそのまま受け取らなくともキリスト教徒であることができる立場にあるゆえに、ドイルの宗教観に論争をふっかけず済む。そのことを嬉しく思う。

(もしかしたらドイルはキリスト教徒からシンパシーを感じられるのは嫌かもしれないが、それは仕方ない)

「名探偵ポワロ」シリーズ作者:アガサ・クリスティの宗教観

創

アガサ・クリスティは生涯を通して英国国教会(※)信徒で、「エルキュール・ポワロ」も公式設定が『カトリック信者』。

(※)英国国教会は分類的にはプロテスタントに属すると表現される事が多いですが、カトリック的儀礼・教義を残しているため、ほかのプロテスタントよりもカトリックに近いと認識されている教派です。成り立ちがイギリスの歴史と大きく関わっているので、ご存知ない方は調べてみると面白いかもしれません。調べる場合はカトリックとプロテスタントの思想的な違いを踏まえておくと理解の助けになると思います。その整理についてはコチラの動画がシンプルに解説されていておススメです。

そこで,ひとつ改めて気がついた,というか気になったことがあります.それは,以前から少なからず感じていたことですが,原作というよりドラマの中で描かれる(デヴィド・スーシェ演じる)ポワロという人物の宗教観,あるいは彼のクリスチャンとしての姿勢です.例えば,『死との約束』(“Appointment with Death”)のラストシーンで,彼は,危うく人身売買に対象にされかけ救われた若い女性に次の言葉をかけます.”There is nothing in the World that cannot be repaired by the hand of mighty God.”(日本語版では,「この世に全知全能の神が,その御手によっていやすことができない傷はありません.」)そして,彼女にロザリオをプレゼントします.そのあと,彼女が,ホテルの内庭から外へ出て行く彼のほうに目をやると画面を白い鳩が横切り,ポワロの姿はもう見えなくなっているという展開です.

(引用:ドラマに描かれたエルキュール・ポワロのクリスチャンとしての側面ー巴里のキオスクから )

こうした,ポワロのクリスチャン的姿勢を強調する演出は,生涯を通じて英国国教会の信者であり続け,他のミステリー作家とは異なり,自身の著作においてキリスト教的価値観や世界観を登場人物に直接的に語らせたアガサ・クリスティーの創作姿勢の延長線上にあるでしょうし,さらに言えば,ドラマのポワロ像は,制作者によってクリスティーの視点に立って再解釈されたもの,あるいは,彼女がこの探偵に与えた宗教性を一層強調したものとなっているように見えます.

(同上)

実際,クリスティーは,自らが創り出したこの探偵をカトリック教会の信者に設定しました.ポワロが愛し続ける祖国ベルギーの国教はカトリックであり,彼が警察官として長年暮らした首都ブリュッセルは,フランス語圏に位置しています.それらをベルギーの伝統的要素として擁護する側と,反対にカトリック教会を過去の遺物として攻撃し,さらにフラマン語をベルギー全体において公用語化させようとする,革新派とでも呼べる側の対立が犯罪の背景となっているのが,ポワロが警察官時代に起きた事件を回想する『チョコレートの箱』(”The Chocolate Box”)です.しかも,革新派は,当時のベルギーにとっての仮想敵国であるドイツ寄りの姿勢さえも示していますが,ドイツはプロテスタントが優勢な国であり,こうしたことも祖国を愛し伝統を擁護する側に対立する要素となっています.

(同上)

【名探偵コナン】の物語の世界観は非常に近代~現代的な世界であり、それらはキリスト教文化圏で混淆して培われてきたものである。日本は近代化の際、西洋のキリスト教思想そのものは受け入れなかったが、培われてきた文化は多いに輸入した。

【名探偵コナン】を支えている世界観そのものがキリスト教文化圏で培われてきたシロモノであって、一枚めくればすぐ『キリスト教文化』にたどり着いてしまう、というかんじだ。

とはいえ、ここは現代日本。過去から学ぶことは大事だが、必ず過去を回帰しなくてはならないわけではない。

ここからは、日本の文脈においてキリスト教を語る人間たちが語る【名探偵コナン】にまつわるコンテンツを紹介していく。

(なんかややこしいな…)


キリスト教にも造詣の深い映画批評家の語る【劇場版名探偵コナン】感想たち

映画批評家の服部弘一郎が、個人で運営している映画評サイト「映画瓦版」に【名探偵コナン】の感想がいくつかあったので少し紹介したい。服部氏は著書に「銀幕の中のキリスト教」や「聖書ダメ人間図鑑」などがあり、キリスト教に造詣が深い批評家である。

なお、服部氏は「キリスト教徒ではない」ことを公言されており、そういう意味でもキリスト教徒ではない方々から安心して読めるのではないだろうか。

今回の映画は「赤井ファミリー勢揃い」というのが売りで、その分、普段コナンの周辺にいるレギュラーメンバーの活躍要素が少なくなっている。例えばヒロインの毛利蘭は、今回まったく事件の蚊帳の外に追いやられてしまった。予告編を観た段階では、例によって蘭が事件に巻き込まれて絶体絶命の危機に陥り、それをコナンが助けるという毎度おなじみのパターンかと思ったが、そうならなかったのはある意味新鮮。

(引用:「名探偵コナン 緋色の弾丸」映画瓦版より)

たぶんシリーズのファンたちは、多少の不自然さに目をつぶっても、レギュラーメンバーたちのじゃれ合う光景が見られればそれで満足なのだろう。それでもいい。ファン心理として許されなくもない。だがそうしたレギュラーメンバーのじゃれ合いから、コナンがひとり阻害されてしまうのが僕は残念だった。キッドが新一に化けているので、蘭の気持ちがそちらに向かってしまうのはわかる。コナンがアーサーになっているので、ここで定番のじゃれ合いが展開しないのもわかる。しかしそれなら、この映画が『名探偵コナン』である必要はないだろう。怪盗キッドを主役にした番外編かスピンオフにしてしまう方が、むしろ映画作品としてはスッキリしたのではないだろうか。それができない、シリーズ映画の難しさ。こうした不自然の連続に比べれば、映画のラストでマリーナベイ・サンズの屋上プールが物理法則を無視して数百メートルもジャンプするなど些細な問題だよ。

(引用:「名探偵コナン 紺青の拳」映画瓦版より)

劇場版『名探偵コナン』の22作目。今回は公安警察の降谷零こと安室透が事実上の主役で、コナンや蘭などレギュラー陣が狂言回しになっている異色作。公安・警察・検察の力関係や駆け引きがモチーフになっているのだが、これはコナンたちからは距離が遠い。そこでこの映画は、毛利小五郎の逮捕という形で、この遠い問題にコナンたちを無理矢理に巻き込んでいく。とはいえこの逮捕劇、あまりにも無理筋過ぎて現実味が薄い。

(引用:「名探偵コナン ゼロの執行人」映画瓦版より)

【名探偵コナン】ファンにはやや辛口の批評かもしれない。実は、筆者にとっては正直どれも「わかりみ」の強い…非常に同感の感想ばかりだった。

しかし、筆者はそれから数年越しにそれを明後日の方向に“超えて”しまった(良い意味ではない、念のため)、それらについて語っているのがこのウェブサイトにある【名探偵コナン】のコンテンツだと考えてくれて…いい。

以下、それらをピックアップしてみる。

云十年越しに【名探偵コナン】にハマったオタクキリスト教徒の戯言集

そのほか