兄目 葵(あにめ あおい)
マンガやアニメが好きな高校生。石本伝道師と一緒にウサギを捕まえたことがキッカケで、兎有留(とある)教会に出入りするようになる。石本伝道師にマンガの話をしていくなかで、自分のやりたいことに向き合っていくのだが……
石本 剛(いしもと つよし)
兎有留教会に赴任してきた牧師見習いの青年。ウサギのラビーちゃんとミロを愛する34歳。
葵たちからマンガの話を聞くようになる。過去にワケありな雰囲気もあるが……?
春。マンガ好きの女子高生のあおいは、学校生活に馴染めずにいた。ある日の帰り道、あおいはウサギが逃げていくのを見かける。
あおいは飼い主の青年とウサギを捕まえるのだが、その青年は近くの教会に赴任してきた牧師見習いだった。教会に行ってみると、そこにはさまざまなマンガが積んであり……
第1話 プロローグ
出会い
夕暮れ時、浮かない顔の少女が公園をとぼとぼ歩いていた。
「…あーあ、お母さんもグチくらい聞いてくれたらいいのに。明日の学校、お昼ごはんは一人かなぁ」
「やっぱりマンガの話ばっかりしたのがいけなかったのかなぁ。でも他に話せることないし。拓海(たくみ)とは違う学校になっちゃたし、やっていけるのかな…」
――ぴょんっ
「えっ、ウサギ?かわいいー!」
「あれ、こんなところに学校あったかな…」
「ラビーちゃーん!!」
「!?」
「あの、すびません!!ラビーちゃん…ウサギを見ませんでしたか!?」
「えっと、ウサギならあっちに……」
「本当ですか!ありがとうございます!!」
「(見つけたら触らせてもらえるかな…)さ、探すの手伝います」
「いいんですか!ありがとうございます!」
「あ!いま向こうに!!」
学校のような建物へ…
「ふう……ほんと助かりました。散歩中に近所の人と話してるうちに逃げ出してしまって。お礼と言ってはなんですが、お茶でもあがっていかれませんか?」
*
*
*
「(この建物に住んでる人なんだ。学校じゃなくて教会……じゃあこの人、宗教の人だ!ヤバイところに入ってしまった……)」
「では、こちらの牧師室でお待ちください。紅茶とコーヒーとミロと、どれがいいですか?」
「あ、いえ!やっぱいいです、帰ります!」
「そうですか?分かりました。ラビーちゃん、さよならですよー」
「(引きとめない……アッサリしてるんだ)」
「さ、さようなら……っ」
「はい、また遊びに来てください。僕はこの教会の伝道師、石本剛(いしもと つよし)と言います」
「(デンドウシってなんだろ?いや、深入りしちゃダメだ。触れずに帰ろっ)」
教会からの帰り道…
「ウサギは可愛かったけど…シューキョーには関わらない方がいいよね」
「こんにちは~、あなた高校生?学校からお帰りかしら?」
「(ビクっ)!? あ…はい。そうですけど…(いつからいたんだろ…)」
「あたくし、向こうの教会のものなんです。あなた、聖書ってご存知?」
「(別の教会があるんだ…)」
「いえ……」
「あらそうなのね。じゃあ、あたくしと一緒に教会に行きません?」
「い、いえ……さっき教会に行ってたんです、だからだいじょ……」
「あら、なんて教会?」
「と、とある教会…」
「あ!あそこはダメよ。ニセモノの教えのところだわ。私たちの教会にはイエス様の生まれ変わりの先生がいらっしゃるの。先生のお話を聞けば、あなたは天国に行けますよ」
「(え?教会って色々あるの?あそこはダメなの?分かんないけど、とりあえずこの場を離れないと…)」
「いえ、いいで……」
「間違った教えを受けると、地獄に落ちるんですよ!さあ、怖いでしょう!地獄に行きたくなければ一緒に正しい教会に行きましょ!」
「(え、ムリ!怖い、だれか助けて……!!)」
「あの、すみません」
「あら?」
「……イシモトさん!」
「すみません、この子に何か用ですか?」
「ええ、大事な話をしていたんですの」
「怖がってるように見えますけど?」
「知らなかった真実に直面して怖いのは当然ですわ。大事な話の邪魔をするなんて…あなたは悪魔ね!下がりなさい!」
「…お言葉ですけど、“救済活動”は必ずペアで行う規定ですよね?パートナーはどうしたんですか?点数を独り占めするおつもりなら……」
「な、なんでそれを!…今日は失礼いたしますわ!」
「(行っちゃった…)」
「…ふう。お疲れ様でした」
再び、とある教会へ
「どうぞ、あったかいミロです」
「ありがとうございます…。あの人は、違う教会の人なんですか?」
「うーん、というか別の宗教の方ですね…」
「石本さんは、何か知ってたみたいですけど…」
「あの団体に知り合いがいまして。彼から聞いた話をちょっと確認しただけなんです」
「石本さんは、“デンドウシ”でしたっけ?“救済活動”っていうヤツをしてるんですか?」
「ああ、“救済活動”っていうのはあちらの宗教の方々が使う用語で、一般的なキリスト教だと“伝道”とか“宣教”という言い方になる事を指すのでしょうね。ちなみに一般的には伝道に点数制などはありません」」
「そして“伝道師”というのは僕の教団では牧師のタマゴのことでして。僕は先月に引っ越してきたばかりなので、まずは教会のクリスチャンの方との関係づくりが先ですね」
「そうなんですか…(“救済活動”ってすごい上から目線なコトバだし、そういう人じゃなくてよかったかも…。あいやいや、でも心を許しちゃダメだ、こん人だってシューキョーの人だもん)」
「それに」
「それに?」
「あんなふうに脅されると怖いですよね。聖書は『愛は律法を完成させる』というくらい愛を説いてますから、恐怖を煽って教会に連れ込むのは、納得できません」
「へえ…(シューキョーの人だけど、この人は大丈夫なのかも…?)」
「あれ?ジャンプとマガジン、マーガレットもある…」
「あ、読みます?」
「いえ、昨日読んだので大丈夫です」
「おお、そうですか!マンガお好きなんですね!あ、お名前を聞いても?」
「兄目 葵(あにめ あおい)です」
「葵さんですか。素敵なお名前ですね。実は、僕は最近マンガの勉強中なんです。教会にマンガ好きの子がいて、話題になればな~って思って買ってみたんです」
「キリスト教の人ってマンガ読んで良いんですね」
「ええ、大丈夫ですよ。葵さんはどんなマンガが好きですか?」
「私ですか?えっと、いろいろ好きです。少女マンガも好きだし、ジャンプ系王道も押さえてるし、すこしマニアックなのが好きで…最近だとよく映画化されてる1990年代2000年代のマンガ見直し期間に入ってて、あとラノベ系でいうと…はっ!」
「?」
「(わたし、喋りすぎちゃった…!?空気読んでないヤツだって思われちゃう…!)」
「少女マンガやジャンプ系、マニアックなもの、ラノベ系が好き…と。1990年代2000年代の良作も見直していると。じゃあ少女マンガで特にオススメ教えてもらってもいいですか?」
「え、は……い」
「(ひかないんだ、この人)」
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「ーーなるほど!じゃあさっそく買ってみますね!」
「あの…よかったら貸しましょうか?」
「いえいえ、そんなの悪いですよ」
「大丈夫ですよ。ラビーちゃんに会いに来れるし(マンガの話しも、できるし)」
「おお、ラビーちゃんさまさまですね。ありがとうございます。ではお願いします」
「わー、けっこう暗くなっちゃった」
「この教会、公園の近くだったんだ。知らなかったなぁ」
「石本さん、他の大人とは雰囲気が違うけど…いい人そうだよね。新生活、面白くなってきたかも」
「ラビーちゃん、ご飯の小松菜ですよ〜。今日はラビーちゃんをお散歩したおかげで新しい出会がありました。ありがとうございます」
「もしゃもしゃ」
「おっと、もうこんな時間。週報を作らなくては…(ぱたぱた) ぱたん」
「・・・」
「(ふう、人間の言葉がわかるっていうのも大変だね。脱走したのは走り回りたかっただけなんだけど。しゃべれないからおおごとになっちゃった)」
「(ま、いいか。葵ちゃんはこれからも遊びに来てくれるっていうし、楽しみだね)」
こうして、少女と伝道師(とウサギ)の奇妙なマンガ同好会が幕を開けた。この出会いが、少女の人生を大きく変えることになるーー。
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