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聖書を読むと、金太郎アメみたいに「どこを切り取ってもイエス・キリストが出てくる」。
といわれているイエス・キリスト。
旧約聖書に預言されているメシア(救世主)がナザレのイエスと合致することは、クリスチャンにとって「イエスを神と信じる理由」の大きな要素のひとつでもあります。
このコラムでは
【前半】旧約聖書の「これってナザレのイエスじゃね?」要素一覧
&
【後半】その弁証
を紹介していきます。
▼聖書を読んでみたい方は
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目次
代表的なメシヤ預言と成就18選(バイブルナビより)
※リンク先は「Wikisource口語訳聖書」です。
内容 | 旧約聖書の預言 | 新約聖書の成就 |
---|---|---|
1.メシアはベツレヘムで生まれる | ミカ書5:2 | マタイ2:1~6 ルカ2:1~20 |
2.メシヤは処女から生まれる | イザヤ書7:14 | マタイ1:18~25 ルカ1:26~38 |
3.メシヤはモーセのような預言者である | 申命記18:15,18,19 | ヨハネ7:40 |
4.メシヤは勝利してエルサレムに入る | ゼカリヤ9:9 | マタイ21:1~9 ヨハネ12:12~16 |
5.メシヤは自分の民に拒絶される | イザヤ書53:1,3 | マタイ26:3,4 ヨハネ12:37~43 使徒4:1~12 |
6.メシヤは弟子の1人に裏切られる | 詩編118:22 詩編41:9 | マタイ26:14~16/47~50 ルカ22:19~23 |
7.メシヤは裁判を受け、有罪判決を下される | イザヤ書53:8 | マタイ27:1,2 ルカ23:1~25 |
8.メシヤは告発者たちの前で黙っている | イザヤ書53:7 | マタイ27:12~14 マルコ15:3,4 ルカ23:8~10 |
9.メシヤは敵に打たれ、つばきをかけられる | イザヤ書50:6 | マタイ26:67,27:30 マルコ14:65 |
10.メシヤはあざけられ、ののしられる | 詩編22:7,8 | マタイ27:39~44 ルカ23:11 |
11.メシヤは十字架につけられて死ぬ | 詩編22:14,16,17 | マタイ27:31 マルコ15:20,25 |
12.メシヤは犯罪人たちとともに苦しみ、敵のために祈る | イザヤ書53:12 | マタイ27:38 マルコ15:27,28 ルカ23:32~34 |
13.メシヤは酸いブドウ酒を飲まされる | 詩編69:21 | マタイ27:34 ヨハネ19:28~30 |
14.人々はメシヤの着物をくじ引きにする | 詩編22:18 | マタイ27:35 ヨハネ19:23,24 |
15.メシヤの骨は砕かれない | 出エジプト記12:46 | ヨハネ19:31~36 |
16.メシヤは罪のためのいけにえとして死ぬ | イザヤ書53:5,6,8,10,11,12 | ヨハネ1:29,11:49~52 使徒10:43,13:38,39 |
17.メシヤは死人の中からよみがえる | 詩編16:10 | マタイ28:1~10 使徒2:22~32 |
18.メシヤは今神の右の座についている | 詩編110:1 | マルコ16:19 ルカ24:50,51 |
BIBLEnaviディボーショナル聖書注解
ここに紹介したのは代表的なもので、実際にはもっとたくさんあるそうです。
→旧約聖書のメシア預言とその成就する確率(Palm Branch)
「字義通りの預言か文字通りの成就か」などをかなり詳しく掲載されているWBEサイトです。
イエスが「預言された王」であることがわかりやすいのは「マタイ福音書」
聖書の「福音書」は4種類あり、それらはマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネがそれぞれイエスの公生涯を記録したものです。
どれも同じ時期のできごとが書かれているワケですが、目的や記者の立場が微妙にちがうので少しずつちがった仕上がりになっています。
四福音書のなかで、イエスが「預言の王」であったことが一番強調されているのは「マタイによる福音書」だと言われています。
マタイ | マルコ | ルカ | ヨハネ | |
---|---|---|---|---|
イエスの特性 | 約束された王 | 神のしもべ | 人の子 | 神の子 |
想定読者 | ユダヤ人 | 異邦人、ローマ人 | ギリシャ人 | 世界中のクリスチャン |
最重要テーマ | イエスは旧約聖書の預言を成就したのでメシアである | イエスは行動で自らの言葉を確証した | イエスは神であるが完全に人でもある | イエスを信じることが救いのために必要とされる |
記者の特性 | 教師 | 物語の語り手 | 歴史家 | 神学者 |
最大の強調点 | イエスの説教とことば | イエスの奇跡と行動 | イエスの人間性 | イエスの教えの原理 |
内容 | ユダヤ人のためにイエスが待望のメシアであることに焦点を合わせる。 | もっとも古い福音書。異邦人読者を念頭に、イエスが神の子であることを鮮やかに描く。 | とりわけイエスを全人類の救い主としてとらえ、その来臨を世界的できごととして教える。 | 最後に書かれた福音書。紀元90年頃か。他の福音書を補足し、解釈と意味づけを行うことに専念する。 |
(参考:大頭眞一著「聖書は物語る一年12回で聖書を読む本」p.100)
ですので、「預言の救世主か」という観点でイエスを見たいときは「マタイによる福音書」が適しているのかもしれません。
ユダヤ教からキリスト教に改修した学者へのインタビュー(「ナザレのイエスは神の子か」より)
さきほどは「聖書のなかには多くのメシア預言があって、イエスはそれを満たす存在ですよ」というのを見てみました。
しかし、少し考えると
「聖書の中で整合性が取れている」とか言われても参考にならない。
というギモンが出てくるのではないでしょうか。
このギモンに対する弁証(裏付け)をかるーく紹介してみたいと思います。
コレ系(キリスト教弁証論)の書籍では有名な「ナザレのイエスは神の子か」という本から、ある章を紹介します。
この本は、ジャーナリストで無神論者のリー・ストロベル氏が「イエスは実在したのか、奇蹟を行ったのか。十字架は?復活は?イエスとはそもそも誰なのか。」 といった疑問をさまざまな研究者たちに取材していった記録がまとめられた本です。
▼参考資料▼
ナザレのイエスは神の子か?―「キリスト」を調べたジャーナリストの記録 (Studies in Baptist History and Thought)
そのうちの一章、もとユダヤ教のクリスチャンであるルイス・S・ラピディス教授への取材をちょっとだけ紹介します。
Q.イエスが旧約聖書の預言を成就できたのは、単なる偶然なのではないでしょうか?
聖書の中で八つの預言が成就される可能性は、十京分の一と言われています。
(また、ピーター・W・ストーナーという数学者の計算によると「聖書にある救い主に関する預言四十八がすべて成就すると、一兆の十三乗分の一となるそうです。)
(こちらのWEBサイトでは、諸書も含めた旧約聖書全体を計算したところ『377垓7893京1862兆9571億6170万9568分の1(=2.6469779601696885595885078146238811314105987548828125×10-23)としています。377垓7893京1862兆9571億6170万9568個の全く同じボールの中から,「当たり」である唯一のボールを,目隠しをして一発で引き当てる確率と同じくらいだそうです。)
Q.福音書を書いた人が、あたかもイエスが預言を成就したように福音書の内容をでっち上げたとは考えられないでしょうか?
福音書が一般人の手に渡り始めたときは、まだその出来事をリアルタイムで経験している人たちはまだ生きていました。
内容が違っていれば福音書の記者に反論することができたと考えられています。
また、もし「イエスがメシヤでない」と思いながら書いていたとするならば、イエスを伝えるために命を捨てる(殉教する)ことができるでしょうか。
福音書の内容に問題があれば、まずユダヤ人たちがそこを突いていたはずです。
ユダヤ教のタルムードは、イエスのことをとてもバカにしていますが、しかし預言の成就が偽りだとはただの一度も言っていないのです。
Q.イエスが旧約の預言を成就しようとして行動したのでは?
(「やらせ」という行為が存在することはわかりますが、)預言の成就に関しては、イエスが意図してコントロールできることばかりではありません。
コントロールできない例として…
サンヘドリンはユダに30枚の銀貨を与えてイエスを裏切らせたが、サンヘドリンの行動をイエスが操作するのは不可能だったはず
自分の先祖や生まれた場所、処刑方法をコントロールできるだろうか
処刑時にローマ兵がイエスの着物をとりあったこと、彼の足の骨が折られなかったこと、イエスを疑う人たちの前で起こした奇蹟の数々、死と復活、etc…
などが挙げられます。
Q.「イエスは一度も自分がメシアであるとは言っていない」って聞いたけど?
(ここでも言及:イエス・キリストの生涯!キリスト教祖の奇跡と復活は実在したのか?)
イエスは自分のことを、神に指名され、有史における神の救いのみわざのクライマックスに遣わされた人物だと理解していました。
(p.229)
彼らは言った、「ある人々はバプテスマのヨハネだと言っています。しかし、ほかの人たちは、エリヤだと言い、また、エレミヤあるいは預言者のひとりだ、と言っている者もあります」。
そこでイエスは彼らに言われた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」。
シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」。
すると、イエスは彼にむかって言われた、「バルヨナ・シモン、あなたはさいわいである。あなたにこの事をあらわしたのは、血肉ではなく、天にいますわたしの父である。
(マタイによる福音書16章15~17節)
『ナザレのイエスは神の子か』は、そのほか
- 福音書の著者たちを信用することはできるか
- 福音書を真実と考えられる証拠
- 福音書の伝承は正確なのか
- 福音書以外にイエスについての証拠はあるのか
- 考古学から考えて福音書の内容を証明できるか
- 歴史のイエスと福音書のイエスは同一人物か
- イエスは自分が神の子だと確信していたのか
- イエスは正気だったのか
- 復活は本当か
などの話題を取り扱っているので、気になる方はお確かめください。
▼参考資料▼
ナザレのイエスは神の子か?―「キリスト」を調べたジャーナリストの記録 (Studies in Baptist History and Thought)
もちろん、「ナザレのイエスは神の子か」の著作に対して
ストロベル氏は客観的とは言えないし、内輪の権威の強調がすごいし、確証とは呼べないことを真実のように見せているのでは。
(その感想に対して私は、ストロベル氏が無神論者で反宗教的思想である前提を踏まえると、「内輪の権威の強調」と感じられるものは「外野を権威と認める姿勢」のあらわれなのかな、とも考えちゃいますけども。)
確かに、”状況証拠しかないことを帰納的に考えている”という印象があるので、そういったことから「これでは信頼できるとは言えない」と思われる方もいらっしゃると思います。
ですので、もし「これらは信頼できない。これらを覆してみせる!」と思われる方は、ぜひ聖書に対する研究に取り組んでいただけたけたらと思います。
何か「伝えたい」と思われることがあったらお便りお待ちしております。
▼こんな本もあります▼
イエス入門
こちらは、関西聖書神学校でもテキストとして使用されている本だそうで、歴史学的な目線から見たイエスについての本とのことです。
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「クリスチャンは旧約の預言を曲解してイエスに結び付けている」について(「それでも神は実在するのか?」より)
旧約聖書の預言についての理解は、クリスチャンの中でも意見がわかれていることもあります。リー・ストロベル氏のキリスト教に関するインタビュー本2作目『それでも神は実在するのか?「信仰」を調べたジャーナリストの記録』では
クリスチャンは預言の内容を曲解し、本意を無視して、イエスの到来と主張している
という意見について取り扱いがあり、私自身も「旧約聖書の預言をあらゆる方法でイエスに結び付けようとする人に辟易する」といったクリスチャンの意見や、「これは『イスラエス人』のことを指しているのであって、それをイエスの預言だと解釈するのはおかしい」といった聖書解釈に関する意見を目にしたことがあります。
これを読んでいるのが「とくに、イエスをキリストだと信じていない方」でしたら、そんな細かい話しはどうでもいいと思われるかもしれないので、ピンとこなければスルーしてくださってOKです。
一応、『それでも神は実在するのか?「信仰」を調べたジャーナリストの記録』から、このトピックに関するある博士の回答を一部紹介してみます。
Q.たとえば、マタイによる福音書2章14~15節では、出典としてホセア書11章1節が挙げられている。これは救世主のことを指しているのではなく、出エジプトでエジプトから出てきたイスラエルの民について言っていることはハッキリしているではないか。
そこで、ヨセフは立って、夜の間に幼な子とその母とを連れてエジプトへ行き、
ヘロデが死ぬまでそこにとどまっていた。それは、主が預言者によって「エジプトからわが子を呼び出した」と言われたことが、成就するためである。(マタイによる福音書2章14~15節)
わたしはイスラエルの幼い時、これを愛した。わたしはわが子をエジプトから呼び出した。(ホセア書11章1節)
これに関して、ノーマン・L・ガイスラーという哲学博士は
それは良い質問ですね。でも、預言のすべてが予兆的であるとは限りませんから。
新約聖書が旧約聖書の聖句を用いてイエスのことを表現していても、引用先の旧約聖書の聖句が直接イエスに言及していないケースは確かにあります。こうした聖句に関し、研究者の多くは『類型的』に救世主の預言を成就した、つまり直接的な予兆的預言なしで成就した聖句であると考えています
旧約聖書の聖句の中には、イスラエルと救世主の両方に適用できる一般的な意味合いが込められていると説明している研究者もいます。イスラエルも救い主も、神の『子』と呼ばれますから。この説は、時に預言の『二重言及視点』と呼ばれています。
…それぞれの言い分はよくわかります。しかし、こうした預言はいずれにしても直接的な予兆内容ではないので、イエスに関する直接的予兆聖句としては使いません。しかし、聖書の神的権威を確立する明確な予兆的預言が十分すぎるほどあることは、忘れることはできません。こうした預言が単なる偶然で成就した可能性がまったくのゼロであることは、数学で証明されていますから
(引用:「それでも神は実在するのか?「信仰」を調べたジャーナリストの記録」p.229)
といったことを述べています。ガイスラー博士へのインタビューとその回答はほかにもあるので、気になる方は読んでみてください。
それでも神は実在するのか?―「信仰」を調べたジャーナリストの記録 (Big Box, Little Box)
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関連記事を集めました
さまざまなキリスト教の立場の「メシア預言とイエス」に関するWEBメディアを集めてみました。
- 旧約聖書に預言されたキリスト(Wikipedia)
- 「イエス・キリストと旧約聖書の預言の関係」 (阿佐ヶ谷教会信徒会会報2017年7月)
- イエスを指し示す旧約聖書の預言(いのちのことば社提供BibleLearning)
- メシア預言とは何か(抄訳)(ハーベストタイムミニストリーズ/メシアを信じたユダヤ人シリーズ)
- 旧約聖書のどこにキリストの来られることを預言していますか?(GotQuestions)
- イエス・キリストは聖書で預言されていた救い主なのか?(前編)(TrueArk)
バイブルナビでは紹介されていなかったトピックもあると思うので、興味出たらリンク先ものぞいてみてください。
▼参考資料▼
「ココ、つけ足したい」「この本おすすめ」となどなど、ご意見ありましたらご紹介ください。
六十六巻之基督
BIBLEnaviディボーショナル聖書注解
ナザレのイエスは神の子か?―「キリスト」を調べたジャーナリストの記録 (Studies in Baptist History and Thought)
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