谷真介「キリシタン伝説百話」を読んでいたら、天草四郎が龍になったという伝説があることを知った。
そして天草四郎には恋人(あるいは妻)がいたという説があることも知り、
「もしかしたら異類婚姻譚みたいな伝説もあるのかも?」
と思ってこのあたりを調べることにした。
(当方は異類婚姻譚に執着するという性質を持った現代日本人キリスト教徒である)
そうしたら、インターネット上では伝説そのものはすぐには見つけられなかったのだが、
天草四郎の龍化伝説を異類婚姻譚(異類婿・嫁入り型)っぽい構成で編みなおした絵本が出版されていることを知った。
なので購入して読んでみた。
その感想について考える過程で、
私にとって大事な価値観について少し言語化できたので、
ちょっと筆をとってみる。
※この記事は基本的にネタバレしてます※
当コラムライターの立場
・現代日本人キリスト教徒(プロテスタント福音派)
・異類婚姻譚に執着している(未言語化)
・中世のキリシタンに縁はない(生まれ家族にキリスト教徒はいない)
・四国生まれ、育ち
・長崎は修学旅行で行ったことがあるだけ
・曾祖父は大分出身らしいが口減らし系で流れてきただけなのでそのつながりで九州を訪れたことはない
・伴侶の家族が急に熊本に移住したからそのうち訪れたいとは思っている
・原城聖マリア観音ホールが気になってる
・「高神尾の“嫁立ち”」がどのへんなのか調べている
…主よ あなたは神の子キリスト 永遠の命の糧 あなたを置いて誰のところへ行きましょう…
目次
「そしてキミは龍になった~天草四郎伝説~」あらすじ・考察
【あらすじ】
①旱魃の対処として水神への「嫁入り」を打診される路香という女性
むかし、天草の島々がひどい日照り見舞われたさい、
村人たちは水の神さまに美しい娘を「嫁入り」させて雨を降らせてもらおうと考えた。
花嫁になるよう打診されたのは路香(みちか)。
天草四郎の形見である『てまり』を嫁入り道具として持っていくことを条件に水神の花嫁になることを承諾する。
(路香が天草四郎の恋人であり、四郎が出陣する前に青いてまりを路香に手渡した描写が入る)
②嫁入りする路香。龍神は天草四郎の化身だと判明
強い日差しのしたで雨乞いの歌が歌われ、白無垢姿の路香が祈る。
歌や祈りの声を聴き、龍が洞穴のなかで目覚める。龍はおのれがかつて人間であったことを思い出し、人々の前に姿を現した。
龍と対峙した路香は、その龍が天草四郎であることを伝えられる。路香は龍の目を見てそれを信じる。
③四郎であった龍が雨を降らせる
路香の持つ青いてまりは光を放ち宝玉へと変わる。
路香はその宝玉を龍となった四郎に手渡し、自分がこれからもこの島で生きていくことを告げる。
四郎龍は空へ舞い上がり、雨が降る。
④むすび
「龍は人々の祈りに応え、雨をもたらし日照りに苦しんでいた島のいのちを甦らせた。
それからも天草に日照りが起こると龍は必ず恵みの雨を降らせたという。
天草四郎は、その命を終えた後も雨を呼ぶ龍となって人々を救い今もふるさとに住む人々を見守り続けているそうだ。」
(「」原文ママ,ページ数非表記のため表記なし)
(参考:「そして、キミは龍になった~天草四郎伝説~」作・てまり鳩 絵・なんぶ,2024年,みらいパブリッシング)
【考察①】素材は「天草の伝説」や「南蛮手まり由来」や石牟礼道子「沖宮」?
▽池島の天草四郎の龍への化神伝説
しかし、四郎の最期には、もう一説ある。
四郎は石の壇の上で天を仰いで祈ったのち、大切にしていた竜玉を懐から取り出すと、それを沖合に浮いている幕府軍の軍船めがけて投げつけた。
すると、にわかに空はかきくもり、どす黒い雲が舞い降りてきたかと思うと、たちまち大暴風となって雌雄二頭の大竜が現れた。大竜は海にはいって海水をかくはんし、二つの巨大な水柱となって幕府の軍船を虚空にまきあげ、海面にたたきつけた。それと同時に、四郎の居所にも火がついて焼け落ちた。
海中にいた二頭の竜は原城が陥ちたことを見届けると、まっすぐ東にむかって泳ぎだしたが、からだには大傷を受け、鮮血で海を染めながら池島へ泳ぎついた。そして島の中腹にある二つの大きなほら穴のなかへ一頭ずつはいって、姿を消したという。
その後、雄竜のはいった穴を雄竜穴、雌の竜がはいったほら穴を雌龍穴と呼ぶようになったが、この二頭の竜は島原の乱で死んだ四郎の化身で、四郎は最期に竜に姿をかえて池島に逃れ、その穴の主になった。四郎のからだが雄雌二頭の竜になったのは、四郎は人間ではなく、天人であったからだという。
それ以来、天草に旱ばつがあると、付近の島の農夫たちは舟で池島に集って、竜神になった四郎に雨乞いをする。するとたちまち、じぶんたちの島の上に黒雲が降りてきてかならず雨が降る、天草四郎は死んでからも天草の貧しいものたちを救ってくれたという話である。(引用:谷真介「キリシタン伝説百話」pp.98-99,新潮選書,1987年)
▽南蛮てまりの由来
南蛮てまりは寛永十五年島原天草の乱の総師天草四郎が原城に悲運の死を遂げた後その愛人路香が四郎をしのびつゝ手まりを作つたのが始めといわれている
路香を始め手まりづくりを伝えられた多くの人々に感謝し冥福を祈つてこゝに手まり塚を建立す
▽石牟礼道子「沖宮」あらすじ
舞台は三万七千人余りの犠牲者を出した島原の乱から半年後の下天草の村々。戦に続く何か月にもわたる日照りに
より干ばつに苦しむ村々で,飢饉になることを心配した村老たちは,雨の神である竜神へ人身御供を差し出すことで
雨を降らせようとした。村老たちが生贄として選んだのは,島原の乱で両親を亡くした孤児,まだ五歳の少女,あ
やであった。あやの両親は,やはりこの乱で弱冠十五歳で犠牲になった天草四郎の,乳母とその夫であった。雨乞いの儀式で,あやは古い家の蔵から見つけ出された緋色の旗指物を,村の女達が川で洗って,一針一針縫いあげた衣を着せられる。そして彼岸花で飾られた舟に乗せられる。群衆皆が拝み見守る中,あやを乗せた舟は沖合へと向か
う。沖合遠く,あやの姿が一点の緋色になった時,人々の顔に雨粒がはらり,はらりと降ってきた。突然,稲光と共に雷鳴がとどろき,あやの姿が忽然と消える。自分の命と引き換えに村々を救ったあやは,海底の沖宮から迎えにきた四郎の霊に連れられ,いのちたちの「大妣君(おおははぎみ)」(=竜神)がいる沖宮へ沈んでゆく。沖宮への道行の始まりである。
(引用:平野 綾子「水底で機を織る女」のイメージに関する分析心理学的考察」p.54より)
こんな感じに、実際語られている伝説や、それらをもとした既存の作品などをいくつか依り合わせて織られた物語、なのだと認識した。
【考察②】作者「てまり鳩」さんの意匠の部分
現代にも続く天草の工芸品・南蛮てまりを龍の玉の起源として語る
天草四郎は龍になり・現代でも人々からの祈りを受けており・四郎もそれに今なお応えているという世界観(雨乞いの対象が明確に四郎龍)
龍は一頭
人身御供を「嫁入り」として語る
嫁入り阻止や異類の排除の要素がない
あたりは、作者さんの意匠(オリジナリティ・作品観・世界観)なのだと認識している。
感想と私個人の課題
補足。私の神話・伝説・昔話の区分は下記コラムの表をベースにする。
これらはひとつの学術的な区別にすぎないし、学者によって多少の違いはあるし、キッチリ区別できるものばかりでもないが、そもそも「神話・伝説・昔話(≒民話)」が先行研究では整理されているということ自体、あまり知られてないようなので、添えておく。
「聖書は神話」「聖書は物語」って言われて怒る必要はナシ~『神話』の定義は事実を含み、『物語』はフィクションに限らない~
勝手にテーマソング
戦国BASARAのテーマソング(ゲームやアニメのOP・ED・挿入歌)を多く手掛けた石川智晶さん。彼女の作風は、作品の世界観の解釈を補足して視聴者がわの気持ちを盛り上げるようなものが多くある。私は彼女のファンなので『石川智晶さんの曲を十全に味わいたいから、彼女の楽曲が使われる作品を摂取する』ということも多々ある。戦国BASARAもそのひとつだ。
戦国BASARAは現状、戦国時代の終焉(1615年くらい)までが作品舞台なので、1621年生まれとされている天草四郎時貞が戦国BASARAの世界には登場してはないが、現代人からしてみると「そのへん時代のイメージ」として重ねやすい曲があまたある。
天草四郎にまつわる伝説もフィクション作品もさまざまあるが、今回「そして、キミは龍になった」という作品には、次のような楽曲のイメージが重なってきた。
▽戦に夫を送って亡くした妻の心情を歌ったとおぼしき「涙腺」
▽「星」になり後世の人たちの道しるべとなっていることを歌い上げる「北極星~ポラリス~」
「龍になった天草四郎」、あるいは「史的天草四郎」でも、彼の行動になにかしらの解釈をほどこして鼓舞されて影響される後世のひとたちの心情として解釈できそうな歌。
…では閑話休題…
「四郎が龍になって人々は四郎に祈っている」のはド級の皮肉な気もする(伝説への感想)
現代日本人キリスト教徒としては、この谷真介が記した伝説(※「キミ龍」の話ではなく「伝説」の話をしていることに注意)を最初に読んだ時の率直な感想として
これって超ド級の死体蹴りというか、侮辱というか、皮肉として解釈可能な状況では…?
とも思った。
というのも、これを書いている私自身は、キリスト教を「実態として拝一神教ェ!」だと認識している部分が大いにある。しかし、教義的には、やっぱりいちおう唯一(絶対)神教なのである。
「拝一神教」を辞典で調べると…
宗教類型論における一神教の一形態。特定の一神のみと排他的な関係を結び、その神のみを礼拝するもので、他の神々の存在そのものを否定せず、むしろそれを前提とする点で〈唯一神教〉と異なる。
ユダヤ教,キリスト教,イスラームは,いずれもこの意味での神観を旧約聖書から受け継ぐ唯一神教である。
(岩波キリスト教辞典「拝一神教」項目,山我哲雄)
※ためしにAIにも「でも拝一神教だと考えてる研究者もいますよね?」と詰めてみたが、『キリスト教は伝統的に唯一神教として分類されてきましたが、その実践的な信仰形態を考慮すると、拝一神教としての側面も持ち合わせていると考えることができます14。ただし、これは現代の宗教研究における一つの解釈であり、教義上の立場とは異なる場合があります。』という回答をされた。
つまり、天草四郎時貞自身が触れていたキリスト教の世界観は、唯一神教の色が濃いものだったのではないかと想像する。
そうなってくると「天草四郎時貞の死後、“四郎は龍に化神した”と人々に語られ、旱魃のさいは祈られている」というのは、けっこう、まぁまぁ、エグイ話のようにも感じる。
このあたりについてキチンと意見を述べるならば
- 天草四郎時貞のキリスト教観
- 伝説の語り手たちの背景・世界観
- 『天草四郎時貞が化身した龍に雨乞いする』という文化が現実に行われていたのか?(仮に池島でそういった祭祀が営まれていたとして、どれくらいの人がその対象を『天草四郎が化神した龍』だと認識していたのか?など)
- いつまで行われていたのか?
などなどの点についても知らなくては何も言いようがないとは思うが……さすがに素人には厳しいので………とりあえずは保留にする…。
昔、池島に2つの大きな池があり、雄と雌の龍が住んでいた。
池には99の穴があり、その穴が100個になると龍が飛び立ち、大雨になると言われていた。雨が降らない時期が続き、作物も実らず、村民が飢饉で苦しんでいた時、「もう最後の神頼みで、池島の龍を飛び立たせよう」という話になった。
でも、一体どうすれば良いのか…。長老に聞いたところ、池島の「鐘かけ松」という松で鐘を叩けば、何かが起こるという言い伝えがあるとのことで、それらしいものを探し出して叩いたところ、急に雨が降ってみんな大喜び!
しかしみるみるうちに嵐になったので、鐘を船に積んで帰ろうとしたところ、高波で船が転覆。村民はなんとか岸まで泳ぎ着き、昭和になってから、海の中から鐘がみつかった。
この龍が「天草四郎の化身」という描写はここにはないので、「池島では、四郎が化身した龍に雨乞いをしている」というのはグラデーションがある伝説といえそうだ。
そしてこの伝説の語り口では、龍は「雨乞いの対象」ではなく、〝龍の習性によって雨を誘発する”ようだ。龍が飛び立つように祈る対象が別にいるようである。
キリスト教徒たる私自身は、四郎が龍になったという伝説じたいには興味深々ではあるが、もしこの営み自身が天草四郎自身の世界観と乖離してそうと解釈できそうな場合には…この伝説への態度を再考しなくてはならないかな…とは思っている。
“遠い過去の自分と関係ない人たちの世界観について是非を述べる権利などない”と思う人もいるかもしれないが、それじたいはおそらく近現代的な考え方で、日本に生きたひとたちの思想史においては、そういう営みは行われてきたと認識する。なので。私自身は条件がそろえば是非を述べることもある。
それに伴い、この伝説を下敷きにして編まれた物語である「そして、キミは龍になった~天草四郎伝説~」への態度も変化する可能性がある。
【現時点での整理】
天草四郎が化身した竜が天草のある島に住み着く←伝説(複数文献)・絵本
その島で雨乞いをする←伝説(複数文献)・絵本
雨乞い祈願の対象が四郎龍である←?・絵本
少なくともこの物語は「谷真介編集版の天草四郎の龍化神伝説からキリスト教的な世界観を抜いて、〝現代日本人がイメージする、日本の雨乞い”を素朴に投影して編みなおしたもの」ではあると思う。
それが、天草四郎の龍化伝説を紡いだ人たちのココロを受け継ぐ作品となりえるのかどうかは私は知らないし、現時点ではまだ答えは出ないこともわかる(この絵本の発行は2024年である)。
…ただし、この段落冒頭でも書いたように、私自身は「キリスト教を拝一神教として表現したい」側の人間なので、もしかしたらこの伝説じたいは、私にとって追い風になるかもしれないし、
となると、かなり埋もれていたっぽいこの伝説を語り継ぐために絵本が作られるという現象もまた、私にとっては追い風なのかもしれない。…
日本における異類婚姻譚の民話感を踏襲した作風?
「キミ龍」の世界では『人身御供』という用語は出てこず(これが石牟礼道子「沖宮」と似て非なる部分なのだろうが)、
路香が龍神のもとへ向かうのはあくまで『嫁入り』と表現され、それが生贄である可能性や人柱である可能性について路香自身も意識してなさそうである。
路香が最初に水神への嫁入りの打診を受け入れかねた理由も『自分には先に結婚を約束した相手がいるから(自分は四郎を待つと約束したから)』という構成なので、もしかしたらこの物語の世界は生贄や人柱という観念がないのかもしれない。
日本におけるじっさいの伝説や民話も「人身御供譚」と「異類婚姻譚」とが物語構成上の類似点が多いことから、生贄と嫁入り、すなわち「食」と「性」の関係は置換可能なものらしいので(※小松和彦が言ってるらしい。私自身シロウトながら日本民話集や伝説集を読んでいても感じるところであるので孫引き御免)
『この絵本は民話感強めの物語に仕立てました』…ということなのだろう。
現代のフィクション作品のなかではもはや一般的になった「嫁入りだと思ったら生贄だった」「生贄だと思ったら嫁入りだった」という変化は、日本昔話(日本民話)においては、ひとつの作品中で行われることはあまりない、と考えてよいようだ。
しかし、であるなばら、日本民話・伝説によくある「嫁入りの阻止」「人身御供の阻止」など要素を追加するなどして、もう少し登場人物たちに感情移入できる助走がほしかった…かもしれない……(もちろんこれは〝展開に少々物足りなさを感じた〟という当方の感想の話でしかないのだが……)
また、『知らずに嫁入りしたその龍こそ、じつは四郎自身だった』という展開は、ヴィルヌーヴ版「美女と野獣」との類似とも言えそうだが………
ヴィルヌーヴ版のベルは、野獣の城で夢に見る青年に惹かれて、彼と野獣が同一人物だと知る前に彼への未練を残しつつ野獣の想いに応える決意をする。そしてひと晩開けてみれば、野獣は夢でベルが想いを寄せていた青年だったと知る。
「美女と野獣」と「美し姫と怪獣」2つの原作-ヴィルヌーヴ版とボーモン版の違いをざっくり紹介【Beauty and theBeast/La Belle et la Bête】
こっちは「死ぬかと思って異類の元に行ったら同衾要請されました」という要素が(日本民話よりは)ある。美女と野獣にも馴染みのある現代日本人としては、やっぱりもう少し助走が…ほしかったのかも…しれない………。
「美女と野獣」はそれはそれで、『手放したから、得られた』くらいに抽象化すると私が好きな物語構造ではあるのだが、その実ヴィルヌーヴ版「美女と野獣」もこのあたりの展開は弱いと思っている…。じゃあ何があったら満足できるのかは自分でもあんまりわかってなのだけれど…。
「死の美談化に抵抗したい」はある—現代日本人キリシタンの私
死の美談化は政治的に動員され得ること、死者を怨霊化する語りは抵抗や批判の語りでもあることに注意が必要である。
(及川祥平「心霊スポット考」2023,アーツアンドクラフツp.290)
天草四郎というのは、現代でもさまざまな創作物語に登場する、人々を魅了してやまない人物である。
「魔界転生」や「髑髏検校」のような、禍々しくも強力で魅力あるキャラクターとして、2000年代からはリーダーシップのある正統派美少年(※1)だったり、カリスマ性をやや鼻にかけた青年(※2)、ツンデレ美少年(※3)など、少々幅が拡がっている印象である傍らで、依然として『原城跡では天草四郎の霊が出る』という語りのなかで扱われたりもしている。
(※1)…島原城「MR天草四郎」
(※2)…戦国鍋TV「ミュージックトゥナイト」天草四郎と島原DE乱れ隊
(※3)…りさ湊「天草四郎は救いたい」
「キミ龍」の天草四郎はリーダーシップのある正統派美少年、の系譜だろうか。その果てに神聖な超越的存在になった、と描く。
描きだす人々が天草四郎像になにを仮託しているかは人によるとは思うが、
天草四郎が怪異として描かれるとき、それは「公権力への抵抗」あるいは「共同体側からの恐怖」〔中村千帆「わたしたちのドラキュラー横溝正史の『髑髏検校』と帝国主義」p.163〕という文脈に沿う、と思う。
天草四郎が怪異として描かれることを受け入れるのは、私自身のプロテスタンティズムによってそうしたいと思っている。
いっぽう、天草四郎を神聖な超越的存在として祀り上げるというのは一種の美談化だと認識する。それゆえに、この物語およびこの物語の下敷きになった伝説が今より広く人々に受け入れられるとしたら、私は私のプロテスタンティズムにより、抵抗する可能性がある…かもしれない。
ただし、くり返すが、私自身は「キリスト教を拝一神教として表現したい」側の人間でもある。……グルグルしはじめたのでそろそろ終える。
むすび~天草四郎のイミタチオ・クリスティへ
私の次なる課題は、「天草四郎時貞のイミタチオ・クリスティ精神がいかなるものだったと解釈できそうか」についての自分の見聞を深めることだ。
史的天草四郎は後回しにして、伝説における天草四郎から探っています。
天草四郎は社会運動家である。原城に籠もった四郎は、額に十字架を立て白衣を着た呪術的な格好をして、洗礼を授けたり、説教を行っていたりの記録があるという(参考:一般社団法人天草四郎観光協会)。
これは四郎とキリシタンたちを一揆に向かわせたその行動の形式、それを作り出した内的な性質に当時のキリスト教が関わっていたということだと思うが、それが具体的にどのようなものであるのか、もう少し調べてみたい。
その果てに、天草四郎龍化伝説が私の中でどのような立ち位置のモノになるのかは、まだわからない。
とりあえず。
私自身が天草四郎の龍化伝説についてここまで調べることができたのは、この伝説を取り出して絵本にして販売したてまり鳩さんの想いと行動に触発されたことにほかならない。
てまり鳩さん、なんぶさん、みらいパブリッシングさんに感謝を述べて、このコラムを占める。
ありがとうございました。
………髑髏の丘で磔刑に処された男の声が聴きたくて、こんなところまで来てしまった………
参考文献改めて
→平野 綾子「水底で機を織る女」のイメージに関する分析心理学的考察」
▽言及した”いつかみ”内の記事
天草四郎の恋人伝説の残る「嫁立ち」高神尾山isどこ?熊本県田代五和町
「美女と野獣」と「美し姫と怪獣」2つの原作-ヴィルヌーヴ版とボーモン版の違いをざっくり紹介【Beauty and theBeast/La Belle et la Bête】