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【番外編更新】コミュ力UP&仕事が安定するカモなハイファンタジー小説を大胆紹介(1/1更新)

聖書からかっこいい名言引用したい人が最初に眺めるページ

こんにちは、人気マンガ・アニメから聖書を解説するWEBサイト「いつかみ聖書解説」です。このコラムは

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たくみ

なんかカッコイイ台詞を古典から引用したい

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あおい

同人誌にもうちょっと厚みを増やしたい

と思われる創作家の方向けのページです。聖書は「世界一のベストセラー本」ともいわれており、古今東西どんな創作物も意識する・しないに関わらず影響を受けています。

「こういうときはこの辺にアタリを付けるといいよ」というヤツをカテゴリ別に紹介していきます。自説に厚みを持たせるのに引用してもよいでしょうし、反論するための研究の入り口にしてもよいかと思います。

※当ページの聖書「基本データ」はとくに記載がない場合いのちのことば社「バイブルナビ」を参考にしております。

▼聖書アプリ紹介&紙で買うときのおススメ訳紹介

【聖書おすすめ論に終止符】最新訳を合法的に無料で読めるアプリ&様々な訳を入手する打線

↑ でも紹介している『YouVersion』というアプリは「単語検索」ができるので、自分で探したい人にはおすすめです。

※引用は著作権フリーのモノを使えば安心です。

では
Here we go★/

聖書の全体像

一応「聖書の全体像」を知っといた方が使いやすいと思うので軽く触れます。

聖書は全66巻(外典を除く)
高度に抽象化したイエス・キリストの公生涯(福音書の部分)
超超超訳した福音書の出来事

(▼「聖書」がどういったものなのかをつかむにはこちらの動画がわかりやすいです。自動翻訳「日本語」で翻訳できます)

▼WEBで読みやすい聖書入門コンテンツは以下

旧約聖書総論-旧約聖書の全体像を理解する(聖書の言葉の余韻に浸る)
聖書を知りたい人のために(聖書入門.com)

▼ほかにも「聖書の名言」という趣旨のWEBサイト

有 名 な 聖 書 の こ と ば
聖書の言葉(結城浩)
心にひびく聖書のみ言葉(日本キリスト教団荒川教会)

今度こそHere we go★/

壮大な概念ヤツ/畏怖を感じる系

創世記(天地創造の物語/アダムの物語あたり)

たとえば…

「はじめに神は天と地とを創造された。地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。神は「光あれ」と言われた。すると光があった。神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。
(創世記1章)

書かれた目的:神が世界を創造し、1つの民を取り分けて自ら礼拝させたいと願ったことを記録する。
記者:モーセ
読者/宛先:イスラエルの民
執筆年代:紀元前1450~1410年
執筆場所:イスラエルが放浪した荒野の中、シナイ半島のどこか
舞台/背景:現在の中東地域
登場人物:アダム/エヴァ/ノア/アブラハム/サラ/イサク/ヤコブ/ヨセフ

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あおい

「天地創造の物語」は1章1節~2章4節

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たくみ

「アダムの物語」は2章4節~5章32節

プロトエヴァンジェリウム/原福音

「わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。 彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう」(創世記3章15節)

『創世記』の一節ですが、ここだけでかなり使えます。(ジャンルによると言え)

原福音(げんふくいん、ラテン語:Protoevangelium)は、伝統的な聖書解釈において聖書最初のメシア預言であるとされている創世記3章15節の聖書の一節である。神からアダムとエバを誘惑した蛇への宣告である。

歴史:ユスティノスが紀元160年頃やエイレナイオス180年ごろ原福音について最初に言及し、それ以来伝統的な解釈になっている。

内容:誘惑者である蛇と被誘惑者である女との間には、後の世まで戦いがあり、最終的には女の子孫が蛇に致命傷を与えると預言されている。女の子孫は単数形で集合名詞である。ダビデの子孫を指しており、最終的にはダビデの後裔キリストを指している。つまり、伝統的解釈によれば、キリストが蛇であるサタンに致命傷を与える十字架の出来事を預言しているとされている。

(引用:Wikipedia「原福音」項より)

ヨハネ福音書(初めにロゴスありき)

「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。」
(ヨハネによる福音書1章1節~5節)

書かれた目的:イエスが神の子であることと、イエスを信じるすべての人は永遠のいのちを得ることをはっきりと証明する。
記者:ゼペタイの子、ヤコブの兄弟、雷の子と呼ばれた使徒ヨハネ
読者/宛先:クリスチャンになったばかりの人、求道者
執筆年代:おそらく紀元85~90年頃
舞台/背景: 70年のエルサレム崩壊後、ヨハネがパトモス島に島流しされる前
おもな登場人物:イエス/バプテスマのヨハネ/弟子たち/マリヤ/マルタ/ラザロ/イエスの母/ピラト/マグダラのマリヤ
おもな舞台:ヨルダン地方/サマリヤ/ガリラヤ/ベタニア/エルサレム
特記事項:記録されている8つの奇蹟のうち、6つが(福音書のなかで)ヨハネにのみ記されている。「2階の広間での講話」も同様(14~17章)。ヨハネの福音書の90%以上がヨハネ独自のもの。系図やイエスの誕生、幼少期、誘惑、変貌、弟子の任命、イエスのたとえ話、昇天、第宣教命令については何も書かれていない。

(▼「新約聖書」の構成についてはこちらの動画がわかりやすいです。自動翻訳で日本語翻訳OKです)

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あおい

青の祓魔師でも詠唱に使われてたねぇ

ヨハネの黙示録全般

たとえば…

あなたがたの兄弟であり、共にイエスの苦難と御国と忍耐とにあずかっている、わたしヨハネは、神の言とイエスのあかしとのゆえに、パトモスという島にいた。
ところが、わたしは、主の日に御霊に感じた。そして、わたしのうしろの方で、ラッパのような大きな声がするのを聞いた。

その声はこう言った、「あなたが見ていることを書きものにして、それをエペソ、スミルナ、ペルガモ、テアテラ、サルデス、ヒラデルヒヤ、ラオデキヤにある七つの教会に送りなさい」。

そこでわたしは、わたしに呼びかけたその声を見ようとしてふりむいた。ふりむくと、七つの金の燭台が目についた。

それらの燭台の間に、足までたれた上着を着、胸に金の帯をしめている人の子のような者がいた。

そのかしらと髪の毛とは、雪のように白い羊毛に似て真白であり、目は燃える炎のようであった。

その足は、炉で精錬されて光り輝くしんちゅうのようであり、声は大水のとどろきのようであった。

その右手に七つの星を持ち、口からは、鋭いもろ刃のつるぎがつき出ており、顔は、強く照り輝く太陽のようであった。

わたしは彼を見たとき、その足もとに倒れて死人のようになった。すると、彼は右手をわたしの上において言った、「恐れるな。わたしは初めであり、終りであり、

また、生きている者である。わたしは死んだことはあるが、見よ、世々限りなく生きている者である。そして、死と黄泉とのかぎを持っている。

そこで、あなたの見たこと、現在のこと、今後起ろうとすることを、書きとめなさい。(ヨハネの黙示録1章10~19節)

書かれた目的:キリストがどのような方かをすべて明らかにし、信者に警告と希望を与える
記者:使徒ヨハネ
読者/宛先:アジヤにある7つの教会と全地域にいる信者
執筆年代:紀元95頃に、パトモスから
舞台/背景:ほとんどの学者が、ヨハネの言うアジヤの7つの教会は、皇帝ドミティアヌス下に起きた迫害(90-95年)を経験していたと主張している。ローマの権力者は、ヨハネをパトモス(アジヤ沿岸)へ島流しにしたようである。受肉したキリストの目撃証人であるヨハネは、栄光を受けたキリストの幻を見た。神はヨハネに、未来に起こること――さばき、悪に対する最終的な神の勝利――を啓示した
主な登場人物:ヨハネ、イエス
特記事項:ヨハネの黙示録は「黙示啓示文学的」形式で書かれている。黙示文学とは、迫害のただ中にある者たちに(神の究極的勝利における)希望を伝えるため、象徴的イメージを使ったユダヤ文学の様式である。出来事は厳密な年代順ではなく、文学的様式に従って配列されている。

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あおい

とにかく中二病…もといすごく畏れ多い世界観の連続だから、創作物の系統がハマれば、沼だよ。

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たくみ

「アポカリプス(apocalypsis )」って名前の時点でもう沼。

コヘレトの言葉(伝道の書/伝道者の書)

たとえば…

ダビデの子、エルサレムの王である伝道者の言葉。 伝道者は言う、空の空、空の空、いっさいは空である。(伝道の書1章1~2節)

天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。 生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、 殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、 泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、 石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、 捜すに時があり、失うに時があり、保つに時があり、捨てるに時があり、 裂くに時があり、縫うに時があり、黙るに時があり、語るに時があり、 愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。
(伝道の書3章1~8節)

書かれた目的:神から離れた人生には意味がないという、自分の苦い経験を通して学んだことを、次世代には味わわせないようにする
記者:ソロモン
読者/宛先:特にソロモンの臣民たち、また一般的なすべての人
執筆年代:おそらくソロモンの生涯の後の方、紀元前935
舞台/背景:ソロモンは自分の生涯、特に神から離れて生きていた時期を振り返っている

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たくみ

「今日は風が…騒がしいな…」みたいなシチュエーションで呟くと厚みがでるぞ!

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あおい

聖書の中でも1・2を争う深淵系な箇所だね

アウグスティヌス「告白」

聖書ではなく、後の世にキリスト教を信じたアウグスティヌスの著書からの引用もなかなかにエモいです。

たとえば…

あなたは私たちを、ご自身に向けてお造りになられました。ですから私たちの心は、あなたのうちに憩うまで、安らぎを得ることができないのです。(アウグスティヌス/山田晶訳「告白Ⅰ」第1章)

まことに、主よ、私はただこれだけのことをいいたい。自分はどこからこの世にやってきたのか知らないのです。それは「死せる生に」というべきか、「生ける死に」というべきか、これも知りません。(アウグスティヌス/山田晶訳「告白Ⅰ」第6章 )

古くて新しき美よ、おそかりしかな、
御身を愛することのあまりにもおそかりし。
御身は内にありしわれ外にあり、
むなしく御身を外においもとめたいたり。
御身に造られし未明おきものにいざなわれ、
堕ちゆきつつわが姿醜くなれり。
御身はわれとともにいたまいし、
されどわれ、御身とともにいず。
御身によらざれば虚無なるものにとらえられ、
わが心御身をはなれたり。
御身は呼ばわりさらに声高くさけびたまいて、
わが聾せし耳をつらぬけり。
ほのかに光さらにまぶしく輝きて、
わが盲目の闇をはらいたり。
御身のよき香りをすいたれば、
わが心は御身をもとめてあえぐ。
御のよき味を味わいたれば、
わが心は御身をもとめて餓え渇く。
御身はわれにふれたまいければ、
御身の平和をもとめてわが心は燃ゆるなり。
(第10巻27章)

概要:アウグスティヌスの青年時代の罪深い生活からキリスト教へのめざめをたどっている。西欧において最初期に書かれていた自伝にはよく見られる内容であり、その後中世までおよそ1000年にわたってキリスト教徒の作家に強い影響を及ぼす雛形となった。
著者:ヒッポのアウグスティヌス
執筆年代:397年から翌年に至るまで
構成:全13巻から成る。内容的には、自伝的部分である第1巻-第9巻と、神学的部分である第10巻-第13巻の二部に分かれる。章の数も後者で大きく増加する。
内容:前半→罪に溺れた生活を送った後、キリスト教に接近する話や、盗みを働いたりギリシャ語の勉強に意欲が湧かないなど、彼は不都合な事実を隠さず正直に書いている。しかし彼は単なる遊び人ではなく、当初はマニ教に関心を寄せるが、ローマでネオプラトニズムに出会って決別、その後に哲学書を読み漁り、勉学に熱中し『神の国』や『三位一体論』といった大著を残した。友人の死に直面し自らの死を恐れ始める心境描写、といった事が中心。
後半→時間論、聖書の解釈についての議論、神が天地創造の前に何をしていたのか、について書かれている。この著作はカトリックやプロテスタントだけではなく、デカルト、カント、ニーチェ、20世紀ではハイデガー、ウィトゲンシュタイン等多数の哲学者に影響・考察を与えた。

(参考:Wikipedia「告白(アウグスティヌス項)

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あおい

「告白」はイロイロ訳があるけど、主に紹介したのは『山田晶』氏の訳だよ。個人的に一番エモいと思った

当コラムのイラストは「イラストAC」の「あさひ あい」さんの作品をたくさん使わせていただきました。

恋愛系&幸せ系

雅歌

たとえば…

どうか、あなたの口の口づけをもって、わたしに口づけしてください。あなたの愛はぶどう酒にまさり、 あなたのにおい油はかんばしく、あなたの名は注がれたにおい油のようです。(雅歌1章1~2節)

 わたしは夜、床の上で、わが魂の愛する者をたずねた。わたしは彼をたずねたが、見つからなかった。わたしは彼を呼んだが、答がなかった。
 「わたしは今起きて、町をまわり歩き、街路や広場で、わが魂の愛する者をたずねよう」と、彼をたずねたが、見つからなかった。
町をまわり歩く夜回りたちに出会ったので、「あなたがたは、わが魂の愛する者を見ましたか」と尋ねた。 (雅歌3章1~3節)

書かれた目的:花婿(ソロモン王)と花嫁の愛について語り、結婚の神聖さを確認し、ご自身の民に対する神の愛を描く。
記者:ソロモン
執筆年代:おそらくソロモン治世の始め
舞台/背景:イスラエル――シュラムの女の庭とソロモンの宮殿
おもな登場人物:ソロモン王、シュラムの女、友人たち

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たくみ

英語だと「Song of Solomon (ソングオブソロモン)」。

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あおい

雅歌については「いつかみ聖書解説」ママレード・ボーイの話しでも触れたよ

ルツ記(遊女ラハブの系図)

たとえば…

こうしてボアズはルツをめとって妻とし、彼女のところにはいった。主は彼女をみごもらせられたので、彼女はひとりの男の子を産んだ。

そのとき、女たちはナオミに言った、「主はほむべきかな、主はあなたを見捨てずに、きょう、あなたにひとりの近親をお授けになりました。どうぞ、その子の名がイスラエルのうちに高く揚げられますように。彼はあなたのいのちを新たにし、あなたの老年を養う者となるでしょう。あなたを愛するあなたの嫁、七人のむすこにもまさる彼女が彼を産んだのですから」。

そこでナオミはその子をとり、ふところに置いて、養い育てた。近所の女たちは「ナオミに男の子が生れた」と言って、彼に名をつけ、その名をオベデと呼んだ。彼はダビデの父であるエッサイの父となった。

さてペレヅの子孫は次のとおりである。ペレヅからヘヅロンが生れ、ヘヅロンからラムが生れ、ラムからアミナダブが生れ、アミナダブからナションが生れ、ナションからサルモンが生れ、サルモンからボアズが生れ、ボアズからオベデが生れ、オベデからエッサイが生れ、エッサイからダビデが生れた。(ルツ記4章13節~22節終)

書かれた目的:社会の状況が非常に悪い中でも、いかに3人の人物が自分らしく、神に対して真実でい続けたのかを示す。
記者:不明。サムエルだと考えいるが、内的証拠はサムエルの死後に書かれたことを示唆している。
執筆年代:士師の時代の後(紀元前1375~1015年)
舞台/背景:人々がそれぞれ、神ではなく自分を喜ばせるために生きていた、イスラエルの暗黒時代(士師記17章6節)
登場人物:ルツ、ナオミ、ボアズ

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あおい

全部で4章。聖書箇所というより、ストーリーそのものを参考にできそうだよね。

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たくみ

ルツとボアズからダビデが、ダビデの系図からイエスが生まれたってのクリスチャンにとっては尊いポイントなんだって(預言ではダビデの系図からメシアが来るって言われてるから)

参考

アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図。アブラハムはイサクの父であり、イサクはヤコブの父、ヤコブはユダとその兄弟たちとの父、ユダはタマルによるパレスとザラとの父、パレスはエスロンの父、エスロンはアラムの父、アラムはアミナダブの父、アミナダブはナアソンの父、ナアソンはサルモンの父、サルモンはラハブによるボアズの父、ボアズはルツによるオベデの父、オベデはエッサイの父、エッサイはダビデ王の父であった。ダビデはウリヤの妻によるソロモンの父であり、ソロモンはレハベアムの父、レハベアムはアビヤの父、アビヤはアサの父、アサはヨサパテの父、ヨサパテはヨラムの父、ヨラムはウジヤの父、ウジヤはヨタムの父、ヨタムはアハズの父、アハズはヒゼキヤの父、ヒゼキヤはマナセの父、マナセはアモンの父、アモンはヨシヤの父、ヨシヤはバビロンへ移されたころ、エコニヤとその兄弟たちとの父となった。バビロンへ移されたのち、エコニヤはサラテルの父となった。サラテルはゾロバベルの父、ゾロバベルはアビウデの父、アビウデはエリヤキムの父、エリヤキムはアゾルの父、アゾルはサドクの父、サドクはアキムの父、アキムはエリウデの父、エリウデはエレアザルの父、エレアザルはマタンの父、マタンはヤコブの父、ヤコブはマリヤの夫ヨセフの父であった。このマリヤからキリストといわれるイエスがお生れになった。だから、アブラハムからダビデまでの代は合わせて十四代、ダビデからバビロンへ移されるまでは十四代、そして、バビロンへ移されてからキリストまでは十四代である。(マタイによる福音書1章1~17節)

嘆き系

詩編(の半分)

たとえば…

主よ、わたしの言葉に耳を傾け、わたしの嘆きに、み心をとめてください。わが王、わが神よ、わたしの叫びの声をお聞きください。わたしはあなたに祈っています。
(詩編第5篇1~2節)

主よ、わたしはあなたにむかって呼ばわります。わが岩よ、わたしにむかって耳しいとならないでください。もしあなたが黙っておられるならば、おそらく、わたしは墓に下る者と等しくなるでしょう。
(詩編第28篇1節)

わたしはあなたのものです。わたしをお救いください。(詩編第119篇94節)

主よ、あなたはわたしを探り、わたしを知りつくされました。あなたはわがすわるをも、立つをも知り、遠くからわが思いをわきまえられます。あなたはわが歩むをも、伏すをも探り出し、わがもろもろの道をことごとく知っておられます。わたしの舌に一言もないのに、主よ、あなたはことごとくそれを知られます。 あなたは後から、前からわたしを囲み、わたしの上にみ手をおかれます。このような知識はあまりに不思議で、わたしには思いも及びません。これは高くて達することはできません。わたしはどこへ行って、あなたのみたまを離れましょうか。わたしはどこへ行って、あなたのみ前をのがれましょうか。わたしが天にのぼっても、あなたはそこにおられます。わたしが陰府に床を設けても、あなたはそこにおられます。
(詩編第139篇1節~8節)

詩篇には、苦悩する心の叫びや怒り、悲嘆や失望が表わされています。決してきれいごとが綴られているわけではありません。人間の醜さもそのまま綴られているのです。だからこそ、詩篇がいつも身近に感じられるのかもしれません。

(引用:「詩篇瞑想のための手引き(30) カタルシスとしての嘆き」より)

書かれた目的:神への賛美。礼拝、信仰告白の表現として詩を提供する。
記者:ダビデは73篇、アサフは12篇、コラの子たとは9篇、ソロモンは2篇、へマン(コラの子たちとともに)、エタン、モーセはそれぞれ1篇ずつ書き、51の詩編は作者不明。新約聖書は、作者のわからない詩のうち2つ(2篇と95篇)をダビデが書いたものとしている(使徒4;25、へブル4:7参照)
読者/宛先:イスラエルの民
執筆年代:モーセの時代(紀元前1440年頃)とバビロン捕囚(紀元前586年)の間。
舞台/背景:ほとんどの場合、詩編は歴史的な出来事を述べようとしていない。しかし、ダビデのサウルからの逃走、バテ・シェバとの罪のように、歴史的事柄と並行しているものもよくある
おもな登場人物:ダビデ
おもな舞台:神のきよい神殿

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あおい

全部で150篇あるから膨大だけど、その半分は「嘆き」で構成されてるといわれてるよ

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たくみ

「主をほめたたえよ」ってノリの箇所も多いけどな、まあ用途に応じてくれよ

イザヤ書

たとえば…

わたしはあなたの名を呼んだ、あなたはわたしのものだ。
(イザヤ書43章1節)

あなたの太陽は再び没せず、あなたの月はかけることがない。
(イザヤ書60章20節)

書かれた目的:ユダの民を神のもとに呼び戻し、メシヤを通して与えられる神の救いを伝える
記者:アモツの子預言者イザヤ
執筆年代:1~39章に書かれている出来事はイザヤの職務の最中に起きているため、おそらく紀元前700年頃に書かれた。しかし40-66章は、イザヤの生涯の終わりの頃、だいたい紀元前681年頃に書かれたと思われる。
舞台/背景:イザヤはエルサレムで話し、書いている
登場人物:イザヤ、イザヤの2人の息子であるシェアル・ヤシュブとマヘル・シャラル・ハシュ・バズ

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あおい

全部で66章。これも詩編ほどじゃないけど膨大だね

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たくみ

現在に生きるクリスチャンは、こういった箇所も「自分に『も』語られてる」って信じてるらしいよ。どう使うかはみなさんの自由だけど

泣いたペテロ(鶏が3回)途中

マタイ26:33~35/69~75

マル14:66~72

ルカ22:54^65

ヨハネ18:25-27

ぺてろが泣くとこめっちゃエモいやんーー

なんか裏切りかましてしまったキャラのところにオーバーレイさせたらええかもしれんやんけー(ちからつきた)

自己犠牲(途中)

ほらーーじこぎせいものがたりって鉄板じゃないですかぁ(ちからつきた)

▼「不信の停止」に成功してる聖書ファンタジー(自己犠牲要素アリ)

【イスルイン物語】日本発の硬派ハイファンタジー小説でコミュ力UP&仕事を安定させませんか(共感力UPの社会心理学実験)

※不信の停止(積極的な不信の停止)とは… (英語 willing suspension of disbelief)とは人が作り話を鑑賞するとき、懐疑心を抑制し、それが現実ではないことを忘れ、創作された世界に入り込む様子を指す。サミュエル・テイラー・コールリッジが確立した概念とされる 。(引用:Wikipedia「不信の停止」項)

僕の最弱を以って君の最強を打ち破る(途中)

ほら、アレあるやん、イエスキリストは神であったにもかかわらず人のすがたになってじゅうじかにかかられた的なかしょ

あとはさーパウロのさー「よわいからこそつよい」みたいな逆説あったやんーーあのあたりがさー いんようしたいんだけどさーーちからつきたからさーー


さいごに:創作に役立ちそうな本とかアイテム

▼聖書アプリや紙の訳

上でもいったとおり、おススメ打線を紹介しております。

【聖書おすすめ論に終止符】最新訳を合法的に無料で読めるアプリ&様々な訳を入手する打線

▼アウグスティヌス「告白」(詩的な訳)

▼文筆家さんにおすすめ

「物語論」で聖書を読みといた貴重な本。創作に役立つかもと思ってここで紹介してみたんですが、訳に携わった兄貴(カトリックWEBマガジンAMOR :中の人)曰く「ゴメン、創作には役立たないと思う」だそうです。ジーザス!


聖書の物語論的読み方―新たな解釈へのアプローチ

貴重な本であることは間違いないので興味があれば…。ちなみに内容は「聖書の予備知識」と「物語論の予備知識」がないと厳しいのかもしれない。

あ、訳にたずさわった兄貴が作った無料ゲームもよろしくです。「聖書の物語論的読み方」もゲーム中で触れてます。

【攻略法】ミゼレーレ~四旬節が終わらない~無料ダウンロード不要PC脱出ゲーム

▼「物語論」の本

日本人の本なので、例としてマンガなども挙げられていてよかったです。これを読んでたから『聖書の物語論的読み方』もとりあえず読めた…気がします…


ナラトロジー入門―プロップからジュネットまでの物語論 (水声文庫)

▼あったら便利「ブックスタンド」

文書く人は絶対あったほうがいいと思う。まぁ聖書からの引用ならコピペでいいんだけど…私はほしい(持ってない)


actto BST-02 ブックスタンド

▼これがなかったら「いつかみ」は成り立ってない本

当コラムの「基本データ」はこれから引用。いわゆるガチクリがどうやって聖書を受け止めてるのかがわかるので、どこまでならOKなのかどこからが炎上案件なのかがつかめるはず。辞書的に使うと便利なため購入がおすすめだけれど、高めなので気になる方だけ。


BIBLEnaviディボーショナル聖書注解

▼当コラムの挿絵に使わせていただいたのは「イラストAC」

当コラムはとくに「あさひ あい」さんのイラストにお世話になりました。