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【更新】鬼滅の刃・泣きたくなるような優しい音の人間になるには(9/06更新)

聖書からの名言引用は悪手。代わりにキリスト教作家とか哲学者の名言をまとめる

こんにちは。人気マンガやアニメから聖書を解説するWEBサイト「いつかみ聖書解説」です。このページに来てくださったということは

あおい
あおい

古典の名言をサクっと知りたい。聖書って有名らしいし、聖書でええんちゃうん

的な感じで訪問して下さったんじゃないかな~と想像してます。で、期待外れで申し訳ないのですが、

ラビ―ちゃん
ラビ―ちゃん

聖書そのものから引用しようとしても、あんまりしっくりくる言葉がみつけられないと思います

というのも、聖書というのは基本的に「ストーリー」なので、『文脈を共有してはじめてその言葉の意味が浮かびあかってくる』みたいな性質があるのです。

御託はいいから教えろ
聖書からかっこいい名言引用したい人が最初に眺めるページ

(これを書いてからしばらくして考え方が変わりました)

キリスト教系女子校出身者が選ぶ!日常生活にも意外と使える聖書の名言《川代ノート》(天狼院書店)

有名な聖書の言葉(ことわざや名言にもなっている、聖書の中の有名な言葉について解説します)

人生の役に立つ聖書の名言(Amazon

なので、聖書そのものに共通認識があんまりないであろう日本人にむけてなにかを発信するとき「聖書から直接引用」してもあんまりシマるかんじになりません。

で、じゃあどうしたらエエねんと絶望する前に提案したいのが、「キリスト教信仰を持っていた人たちの言葉や作品からの引用」です。私じしん、こういった人物はほぼ知らなかったのですが、「いつかみ聖書解説」でコラムを作るうちに徐々に知識がたまっていったので、せっかくなのでここでみなさんに共有してみたいと思います。

※この記事は書きかけです。完成したらTwitterでお知らせするのでよければフォローお願いいたします。メンション付きでシェアなどしてくださいますと焦って完成が早くなる可能性もあります。どうぞよしなに。

哲学者(カントやキルケゴール等)

私たちの国で「哲学」として一般的な「西洋哲学」というのは、キリスト教神学の補足として練られてきたものです。なので、哲学者のなかにはキリスト教信仰を持つ人が多いです。

なので、

プロが選んだ哲学者ランキングTOP30(MOTIVあなたの毎日のモチベーションを高くする)

の上位~ライターの好きなキルケゴール(23位)までの「キリスト教信仰を持って生涯を閉じたと思われる哲学者」の紹介をしていきます。

1位:カント(1724-1804)

人間は神についての認識を手にすることはできない。神についての知識は成立しない。なぜなら人間の認識は感性的直観の対象についてのみ成立しうるのであって、神はそのような人間の感性的直観の対象ではないからである。したがって、神や魂の不死を知的に証明しようとする伝統的形而上学の営みのすべては否定されねばならない。これが『純粋理性批判』(1781)におけるカントの主張であり、カントは神の存在を理論的に証明しようとするそれまでの営みを断罪したのである。

(引用:南翔一朗「カントの実践哲学における最高善とキリスト教」
参考

イマヌエル・カント(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

カント:モチベーションの上がる言葉58選(MOTIV)

▼「カント 哲学」についてのみんなのツイート

4位:ヘーゲル(1770-1831)

宗教と、その尽きせぬ泉である神を、精神がとる一つの形だなどと考えた思想家は、ヘーゲル以前には一人もいなかった。精神とは、ほかならぬ我々人間のことを差すのであるから、神が精神のとる一つの形だということは、神と人間とは同じだ、というに等しい。
(中略)
…ヘーゲルは、宗教とは人間の精神がとるところの究極的な形である、と本音では考える。宗教とは、人間にとっては、彼岸の世界のことであって、我々の知性では推し量る事の出来ぬ超越的世界にかかわることとするのが、伝統的な見方であったのだが、ヘーゲルはそうした見方をひっくり返してしまう。宗教というものは、なにも彼岸とか超越的な世界にかかわる事柄なのではなく、我々人間の精神がとるひとつの形なのであって、したがって、此岸の世界のことなのである。だが、宗教の中でも、こういえるのはキリスト教だけだ、とヘーゲルは言う。

(引用:「ヘーゲルとキリスト教ー知の快楽」より)
参考

ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

ヘーゲル:モチベーションの上がる言葉19選(MOTIV)

キリスト教の歴史的必然性(ヘーゲルに学ぶ)

▼「ヘーゲル」についてのみんなのツイート

6位:トマス・アクィナス(1225-1274)

参考

トマス・アクィナス(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

トマス・アクィナス:モチベーションの上がる言葉5選(MOTIV)

トマス・アクィナスの名言(ウェブ石碑)

ヨーロッパ二元論のルーツ:マグヌスとアクィナス(生命科学の目で見る哲学書 第10回)(NPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン)

▼「トマス・アクィナス」についてのみんなのツイート

以下(ハイデガー/キルケゴールetc…)

「現‐有とは、無の内に投げ込まれて保たれていることを、意味する」(ハイデガー『道標』「形而上学とは何であるか」)

おそらく、この一語が、彼の思想を結集している。
ハイデガーは、生きていた時代が20世紀であったがゆえに、つまりフランシス・ベーコンが極端に頭部をデフォルメさせた禍々しい絵画を描かざるをえなかった時代であるがゆえに、その「深淵」に足を取られていた。

ハイデガーは同書で、「ex nihilo omne ens qua ens fit(無から、全ての有るものは生ずる)」と引用し、これをキリスト教的な「無」の規定として位置づけた上で、

「我々は無に出会いうるのでなければならない」

と断言している。

(参考:「21世紀のハイデッガーは、キリスト教を何と心得るか?ー鈴木智久の研究室」より)
参考

マルティン・ハイデッガー(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

「ハイデガー」の『存在と時間』とは?存在論や思想・名言も紹介(TRANS.Biz)

▼「ハイデガー」「ハイデッガー」についてのみんなのツイート

1914年、第一次世界大戦が勃発し、8月7日にウィトゲンシュタインはオーストリア・ハンガリー帝国軍の志願兵になっている。クラクフへ着任し巡視船ゴプラナ号内で過ごすことになるが、隊内では孤独にさいなまれ、さらに兄パウルが重傷を負ってピアニスト生命を絶たれたと聞き「こんなときに哲学がなんの役に立つのか」との疑問に陥り、しばしば自殺を考える。そんなある日、ふと本屋へ立ち寄るがそこには1冊しか本が置いていなかった。それはレフ・トルストイによる福音書の解説書であり、ウィトゲンシュタインはこの本を購入して兵役期間中むさぼり読み、信仰に目覚めて精神的な危機を脱した。誰彼かまわずこの本を読んでみるよう薦め、戦友から「福音書の男」というあだ名までつけられるほど熱中したという

(引用:「ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインーWikipedia」より)

▼「ウィトゲンシュタイン」についてのみんなのツイート

キルケゴールの父は熱心なクリスチャンでしたが、家の使用人に乱暴して懐妊させたという罪を抱えていました。さらに、キルケゴールは七番目の末子でしたが、彼と長男を除く他の兄弟姉妹は皆、33歳にならないうちに死没しています。キリストが十字架にかけられたのが33歳とされており、父は子どもたちの死を神の罰であると考えていたのです。

父の罪を聞かされたキルケゴールは「大地震が起きた」と日記に記しています。その頃キルケゴールは父との折り合いが悪く、キリスト教への懐疑も募り、自ら「破滅の道」と呼んだ放蕩の生活を送っていましたが、その大地震によって父の苦悩を理解し、父の罪を自分のものとして引き受け、キリスト教への信仰を取り戻しました。

(引用:「「キルケゴール」の思想とは?実存主義と著書や名言も紹介ーTRANS.Biz」より)

▼「キェルケゴール」「キルケゴール」についてのみんなのツイート

作家(ミルトンやドフトエフスキー等)

ドフトエフスキー(「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」など)

——その「救済」もそうですが、本書(『白夜)を読むと、キリスト教の影響を色濃く感じます。ドストエフスキーにとって、この宗教はやはり大きいものなんだなと改めて思いました。

安岡 はい、色濃く出ています。ドストエフスキーを語るには、キリスト教のことを知らないといけないというと、鼻白むようなところが日本にはありますね。「文芸批評や文学研究をしているのに、なぜそのようなことをいうのか」と。しかしドストエフスキーを考えるには、やはりキリスト教とりわけロシア正教には触れざるをえないと思います。

(引用:「〈あとがきのあとがき〉ドストエフスキーの中編・短編から 巨大な作品世界のテーマを覗いてみる『白夜/おかしな人間の夢』の訳者・安岡治子さんに聞く」
参考

フョードル・ドフトエフスキー(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

ドストエフスキーの名言(ドフトエフスキーの名言)

▼「ドフトエフスキー」についてのみんなのツイート

ジョン・ミルトン(1608年 – 1674年/ 「失楽園」など)

 ミルトンは生涯にわたって自分自身の英雄観を鍛え直し,再構築しながら,常にキリスト教的英雄観を追求しつづけ,究極的には完全な英雄の姿を神の御子キリストにおいて具現化した。

(中略)
 ミルトンは『教育論』(1644年)の中で,「学問の目的は神を正しく知る力を回復することにより,われわれの始祖の堕罪を修復することであり,この知識を通して神を愛し,模倣し,神の恵みに結びつくことによって,われわれの魂に最高の完成を成し遂げる信仰という真の美徳を備えることにより,できるだけ神に似る存在になることである」(1>と書いている。

(引用:杉本誠「ミルトンのキリスト教的英雄観」より)
参考

ジョン・ミルトン(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

ジョン・ミルトンの名言(名言+Quotes)

ジョン・ミルトン(ウェブ石碑)

▼「ジョン・ミルトン」「失楽園」についてのみんなのツイート

J.R.R.トールキン(1892年1973年「指輪物語」「ホビットの冒険」など)

「キリストの誕生」は、「人間」の歴史の「幸せな大詰め」でした。「復活」は「神のキリストにおける顕現」の物語の「幸せな大詰め」でした。この物語は喜びに始まり、喜びに終わります。その「真実(リアリティ)の内部の調和」は傑出しています。この物語よりも真実である、と人に考えられる物語はほかにありませんし、かくも多くの懐疑主義者が、その物語の価値によって、真実のものとして受け入れた物語もほかにありません。

(引用:J.R. Rトールキン「ファンタジーの世界ー妖精物語とは何かー」p.142)
参考

J.R.R.トールキン(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

【ホビット 思いがけない冒険】熱いセリフの数々に原作者トールキンの想いを感じた!(The Hobbit unexpected journey) (音楽や映画ドラマ、英語を中心としたブログメディアイジ―ルの洋楽&映画&英語メモランダム)

▼「トールキン」についてのみんなのツイート

以下(C.S.ルイス/etc…)

参考

→(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

→()

▼「CSルイス」についてのみんなのツイート

日本人の作家・作品(遠藤周作や三浦綾子など)

遠藤周作(「沈黙」「深い河」「イエスの生涯」など)

参考

遠藤周作(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

遠藤周作に関する名言集・格言集(まるちょん名言~名言掲載数14万語~)

▼「遠藤周作」についてのみんなのツイート

三浦綾子(「塩狩峠」「氷点」など)

参考

三浦綾子(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

三浦綾子の名言(地球の名言)

▼「三浦綾子」についてのみんなのツイート

日本人の著名人(新島襄や内村鑑三や加藤一二三等)

新島襄(同志社英学校の設立など)

参考

新島襄(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

新島襄のことば(同志社大学HP)

▼「新島襄」についてのみんなのツイート

内村鑑三(

参考

内村鑑三(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

内村鑑三の名言(地球の名言)

▼「内村鑑三」についてのみんなのツイート

飯島延浩(山崎製パン株式会社代表取締役社長)

参考

飯島延浩(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

「『愛』と『戦い』をリンクする時が来ている」 飯島延浩・山崎製パン社長講演(ChristianPress)

『山上の垂訓に隠された生命の道』いのちのことば社 2012年(ジュリアン・N・飯島名義)

以下、(資生堂元社長、石井十次、

ムラサキスポーツ社長

白洋舎

杉原千畝