ディズニーにおける〈アラジン〉というキャラクターの造形を、旧約聖書「ダビデの子ソロモン/スライマーン・ビン・ダウード」と重ねてみると面白いのではないかと思った。

ソロモンのミームを継ぐ男、アラジン
このコラムでは、ここ数年民間伝承を漁るのを趣味にしている現代日本人キリスト教徒(プロテスタント)の私が、そういう印象を持つに至った理由を書いていくことになる。
※色々言ってもド素人の思い付きです。点が3つあってそれが人の顔に見えました~みたいなレベルの話しかしてません。こんなどこの馬の骨が書いたとも知れない読み物に可処分時間を使わないほうがいいことはお断りしておきます。
目次
前置き
「ダビデの子ソロモン」とは

ギュスターヴ・ドレによるソロモンの審判
「平和な,平安な」を意味する。ダビデとウリヤの妻バテ・シェバとの子で、イスラエル3代目の王(前931-931年在位).ソロモンが即位して間もなく,主は彼の求めに答えて,知恵の心と判断する心,さらに富と誉れ,長寿を与えると約束された(Ⅰ列王記3:3-14).主の約束通り,ソロモンの40年の治世の前半は祝福された.領土の拡大されたイスラエル全土に平和があり,すべての民が豊かな繁栄を享受した(同4章).彼は7年かけて神殿の建設を完成し、次いで13年かけて自分の宮殿を建て終えた(同5,6章,7:1-12).さらに,エルサレムの城壁や多くの要塞都市を建設し,諸船団を設け貿易を拡大して,巨富を成し,戦車・騎兵・馬を集めて軍事力を教会した(同5:13-18,12:4).
彼は豊な知恵によって多くの箴言を語り,歌を作り,博学多識で(Ⅰ列王4:29-33),箴言,伝道者の書,雅歌の著者とされる。
しかし彼は、多くの外国の妻たちの影響を受けて偶像礼拝の罪を犯し(Ⅰ列王11:1-13),治世の後半は乱れて、彼の死後、王国の分裂の原因を作った。
(いのちのことば社「新キリスト教辞典」p.882 岡本昭世による編集)
重ねて意味があるのかという点について

数ある神話に言及され、とくに『聖書』に記述があることで有名な人物を、現代のフィクション作品におけるキャラクター造形との接点の話をする
…だけの話であって、それ以上でも以下でもない。
私は「面白いと思った」からこの話をわざわざコラムにするのである。「なぜ面白いと思ったか」というと、それはおそらく「日本語キリスト教を求めて」という思索に収斂される。…知らんけど。
たとえば「るろうに剣心」の主人公〈緋村剣心〉の造形は「カイン」と共鳴するところがあるよね、という話とか、個人的にとても面白いと思ったからコラムにした。
また「SPY×FAMIRYスパイファミリー」の〈ヨル・フォージャー〉の造形は聖母マリア的なのではないかという話をコラムにしたのも、面白いと思った。
「日本におけるこれらの人物の受容のされ方」の一端をとりあえず整理しておくことでこの先なにかが楽になるかもしれない、という気持ちはある。(何が楽になるのかはわからない)
とりあえず、この記事を公開することで明日とか一週間後とかの私の食い扶持が増えるわけではないことは明白だが、ソロモンの言葉として読まれている『コヘレトの書』にはこうある。
あなたのパンを水の上に投げよ、多くの日の後、あなたはそれを得るからである。
(伝道者の書11章)
そして、アラジン(ディズニー版)の物語は、アラジンがおなかをへらした子どもたちに自分が盗んだパンを与えるところからはじまる。
…それでは閑話休題…

ディズニー版アラジンにソロモン王が重ねられる理由
「魔法の絨毯/マジックカーペット」

ソロモン王、魔法の絨毯乗ってたってよ…
それでも、魔法のカーペットの歴史は過去のある時点までさかのぼることができます。イスラエルのソロモン王は魔法のカーペットと関係する最古の歴史上の人物だと思われます。ソロモン王と魔法のカーペットの物語には、少なくとも2つのバージョンがあります。1つは西暦13世紀に、アイザック・ベン・シェリラ(Isaac Ben Sherira)という名のユダヤ人学者によって書かれたと言われるものです。この物語は既に失われた2つの古代作品から編集されたと主張されています。
魔法の絨毯を使うのはディズニー版アラジンの特徴で、「アラジンと魔法のランプ」にはない要素である。
(※「千夜一夜物語(アルフ・ライラ・ワ・ライラ)」のほかの説話には魔法のじゅうたんが登場するお話もあるそうです。私は浅学ゆえそれらを読んではいません…そんなんも読んでないのにこんなコラム書いてすみません……)
これはもうSLK1000(ソロモン後宮1000)の何人かは魔法のじゅうたんの上で口説かれたでしょ~!とか思っている。(それ系の民話がアラブ世界にありそうな気もする…おすすめの民話集とかあったら教えてください…日本語訳されてないやつはインターネットで翻訳かけて読みます……血涙)
「知恵を持つ青年」~とあるソロモンの頓智感~

アラジンのジャファー撃退方法、賢いよな
ディズニー版の「アラジン」において、やはり印象的だったのが、ジャファー撃退方法の〈とんち感〉である。
ディズニー「アラジン」において(アニメ版でも実写版でも)、アラジンとジャスミンの障害のひとつになった「ジャファー」は「最上級の強さ」を望んでいることをアラジンに見透かされて煽られ、自身を魔神(ジン/ジーニー)に変身させた。それによって「主人のいない魔神の住処はランプの中」という法則も引き継ぎ、魔法のランプに閉じ込められてあえなく物語から退場した。
この感じは、『ソロモンの審判』としても有名なあの話を彷彿とさせる解決方法を彷彿とさせる「賢さ」のように思え…ないだろうか。
同じ家に住んでいる2人の遊女には、それぞれ男の子の子どもがいた。しかし、2人だけが家にいる間に、一人の女が自分の子どもを誤って殺してしまい、もう一人の遊女の子を自分の子どもと取り代えたというのである。
女たちは、今生きている男の子が自分の子であるとソロモン王の前で言い合ってゆずらなかった。そこでソロモンは「剣をここに持って来なさい」と言って、「生きている子を二つに切り分け、半分をこちらに、もう半分をそちらに与えよ」
と言った。
すると一人の女は「この子を殺すくらいなら、あの女にあの子供をお与えください。」と懇願する。
もう一人の女は「それを私のものにも、あなたのものにもしにで、断ち切ってください」と言う。
そうしてソロモンは宣告を下した。「生きている子をはじめのほうの女に与えよ。決してその子を殺してはならない。彼女がその子の母親である。」と。
(参考:「旧約聖書」列王記第一 3章16~28節)
どうだろうか、この〈とんち感〉。
そして、アラジンのジャファー退場方法もこういった〈とんち感〉というか〈知恵力〉みたいなものを彷彿とさせないだろうか。
ディズニー「アラジン」にしても、千夜一夜物語「アラジンと魔法のランプ」にしても、アラジンの中身(というか頭脳とか性格とか度胸のあたり)は、魔法で変化させたワケではない部分である。そもそも賢い男なのだということが受け手に感じられるように描かれる。
千夜一夜物語においては、もともと王族であったかのように充分にふるまって見せた様子が描かれている。実写版ではハッタリ力がやや控え目な印象ではあったが、ジャファー撃退の方法論はアニメと同じである。
知恵力の高さという点でも、アラジンはソロモンのミームを継ぐ男なのではないかと思ったのである。
ちなみに『ソロモンの裁き』系の類話については、別コラムで少々集めてみた。もちろんこれは膨大な数ある民間伝承の一部であるが、こういったものを羅列した記事はインターネットにまだないようだったので、既存の情報よりかは多い情報を並べてみた。
「知恵の望み方」~手放すことで得られる最良のユーカタストロフ~

アラジンが「そのままのアラジンとしてジャスミンと結ばれた」ことと、ソロモン王の「知恵だけでなく地位や富も得られた経緯」って似てない?
アラジンは、最終的に自分の望みではなくてジーニーの望みをかなえる。それによって、逆にありのままのアラジンとしてジャスミンに受け入れてもらえることになった。
私が「逆説による慰め」と呼んでいる話の展開である。
何かを思い出さないだろうか…そう、ソロモンが「知恵」を手に入れたくだりの展開である。
ある夜、ギブオンで主なる神がソロモンの夢に現れ、「あなたに何を与えようか、願え」と告げた。
ソロモンは神を賛美し、自らの立場が大変なことを申し出、「善悪を判断してあなたの民をさばくために、聞き分ける心をしもべに与えてください」と願った。そしてこれは主の御心にかなった、とされ、神はおおせられた
「あなたがこのことを願い、自分のために長寿を願わず、自分のために富を願わず、あなたの敵のいのちさえ願わず、むしろ、自分のために正しい訴えを聞き分ける判断力を願ったので、見よ、わたしはあたなが言った通りにする。見よ、わたしはあなたに、知恵と判断の心を与える。(中略)そのうえ、あなたが願わなかったもの、富と誉れもあなたに与える。…」
(参考:「旧約聖書」列王記第一 3章1~15節)
アラジンも、自分が王子になるという願いを放棄して、ジーニーを自由にするという選択肢をとったことでかえって「ありのままのアラジン(アル)としてジャスミンと結ばれる」…という最上級の結果が得られた、とみる事ができる展開だと思う。好き~。
「指輪」~指輪の魔人~
これはディズニー版の話ではなく「アラジンと魔法のランプ」の要素であるが、こちらでは魔神を呼び出すアイテムはランプだけでなく指輪もある。
そして、聖書の中では語られないが、アブラハム宗教をとりまく伝承の中で「ソロモンの指輪」はけっこう有名アイテムである(らしい)。
エルサレムで建設中の神殿が思うように進まず、困り果てたソロモン王は、モリヤ山の高く突き出た岩に登り、神であるヤハウェに祈った。すると突然、まばゆい光と共にエメラルドの翼を持つ大天使ミカエルが現れ、黄金に輝く指輪を差し出して言った。
受け取るがよい、王にしてダビデの子なるソロモンよ。主なる神、いと高きゼバオト(万軍の主)が汝にくだされた賜物を。これによって、汝は地上の悪霊を男女とともにことごとく封じるであろう。またこれの助けによって、汝はエルサレムを建てあげるであろう。だが、汝はこの神の印章を常に身に帯びねばならぬぞ
その後、ソロモン王は指輪の力により、多数の天使や悪魔を使役し神殿を建築した。良き魔神(天使)を使役する場合は真鍮の部位を、悪き魔神(悪魔)を使役する場合は鉄の部位を投げ当て、呪文を唱えるといかなる魔神も強制的に従わせた。
(引用:ウィキペディア「ソロモンの指輪」項目より(2024.7.04閲覧))
「バルコニーからこんばんは」~私にとって知りえぬことが4つ…乙女に通う道(箴言)~
ソロモン王をめぐるユダヤの伝承に、こんな話がある。
ある日ソロモンは、宮殿の屋上から星を読んで、自分の美しいひとり娘の伴侶がどういった人物なのか占おうとした。
すると金星のすぐ近くの星がまたたき、姫の伴侶となる男は「この世で最も貧しい男」だと告げてきた。
そんな惨めな結婚は防がねばならないと思ったソロモンは、娘を地図にない孤島の、さらに高い塔に閉じ込めることにした。
さて、島から遠く離れた地に、若いが貧しい写字生の青年がいた。彼は、自身の学びを深めるために旅をしていた。しかしある夜、雨風が凌げる場所がどうしても見つからなかったので、若者は雄牛の死骸に潜り込んで眠ることとした。
疲れからすっかり眠りこんでしまった若者はは、牛の死骸をハゲワシが運んだことに気が付かなかった。ハゲワシは、牛の死骸をあの姫のいる島の塔の屋上に落とした。こうして若者は、あの姫の屋上に舞い降りることとなった。
汚い格好の不審者に気づいた姫は、最初はいぶかしがったが、あわれに思い身なりを整えさせた。
すると、若者は美しく、機転も効く鋭い頭脳の持ち主だとわかったので、姫は若者をかくまって共に過ごすこととした。
姫はどんどん若者が好きになり、ある日、思い切って「私を妻にしたくはありませんか?」と尋ねた。
若者は「そうしたいですとも」と答えたが、自分と姫では身分がちがうこと、自分は一文なしであることを打ち明けた。
姫は、父王からの罰はもう十分であることなどと伝え、若者を納得させた。
そして、指から血をたらして、見事な筆遣いで結婚誓約書を書いてみせた。
そして、誓約書を持って屋上に上がり、月と星を婚姻の証人とした。
ソロモン王は、また星のみちびきで、姫を自由にすることを告げられたため島を訪れた。
そこで、閉じ込めておいたはずの姫に夫を紹介され、ソロモン驚き、怒った。
そして、どうやって塔に忍び込んできたのか問い詰めた。
すると、護衛も姫も「天からです」と言うので、いぶかしがったが、若者が
「私はここまで、大きなハゲワシに運ばれて参りました」と言って、ここまでの経緯を説明した。
こうしてソロモンは、この若者こそまさに、星たちが告げた貧しい男だと悟った。
ソロモンは2人をしっかり抱きしめ「望むのならば祝福を与えよう」と言った。
そして、若者は結婚誓約書を見せた。
貧しい若者がこれほど美しい字を書けるのはなぜかとソロモンは驚いた。
そして若者は自分が写字生の息子で、自分自身も写字を生業にしていることをソロモン言った。こうしてソロモンは2人をエルサレムの宮殿に連れて戻り、大祝宴を催した。そして様々な品を花嫁花婿に贈り、花婿の両親にも金を送った。
それもは宮殿好きの書記官に任命し「箴言」を書き留めさせた。
その「箴言」には、こう記されている。
「私にとって、不思議なことが3つ、知り得ぬことが4つある。天にある鷲の道、岩の上の蛇の道、大海の中の船の道、男が乙女に向かう道」箴言30章18~19節
(ミドラシュが元になったお話)
(参考:母袋夏生「お静かに、父が昼寝しております」)
この伝承は
「私にとって、不思議なことが3つ、知り得ぬことが4つある。天にある鷲の道、岩の上の蛇の道、大海の中の船の道、男が乙女に向かう道」箴言30章18~19節
に着地する物語として語られている(ミドラシュが元になった民話らしい)。
そう…アラジンがジャスミンに心開いてもらう時に、「誰にも知りえぬ、男が乙女に向かう道」を通ってバルコニーに舞い降りたではないか。
上記で紹介したお話は、ソロモン自身がバルコニーに舞い降りたものではないが、民話の世界において親子の人物モチーフはけっこう交換されがちらしい。(例えば、むこうの地域でソロモンのお話として語られているものが、こっちの地域ではダビデのお話として語られていたりする)(参考:ピンハス・サデー「ユダヤ民話 上」 解説のどこかにあった。また見つけたら追記できたらする。できなかったらしない)
親が知ることができない「男が乙女に向かう道」にまつわるエピソードを持っている。
うーん、これはもうミームですね。(限界)
(検討中)「魔人(魔神)を従えている」イメージ…
伝承におけるソロモン王とアスモデウス(アシュメダイ/アスモダイ)を絵で表現したらアラジンとジニーみたいになっちゃいそうなんだよなぁ…
(検討中)動物と意思疎通できる
イスラム世界の伝承においてソロモン王は鳥と話せることに定評アリ。
アブーと意思疎通できるアラジン、ジャファーとイアーゴ…検討…
むすび
以上です。「アラジンがどれくらいソロモンのミームを継いでいるか」というプレゼンでした。お付き合いくださりありがとうございました。
(もちろん私はキリスト教徒なので、ソロモン王の良い面ばかりを擁護する立場にはない。かたやアラジンもまた、「アラジン」という作品の中でのみ描かれる架空のキャラクターであり、物語はすべて何かの解釈をほどこされたものであり、とりわけディズニー作品は高い完成度のファンタジーである。完成度が高いということは「作り手の解釈が綿密に行き渡っている」ということだと認識する。)
みなさまに神の祝福がありますように。
…髑髏の丘で磔刑に処された男の声が聴きたくて、こんなところまで来てしまった。…
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